MUSANISTA -活動日誌-

サッカー部 MUSANISTA #148 『 部活再開まで秒読み 』

 月曜日、火曜日で令和3年度埼玉県公立高校入学者選抜学力検査の採点が実施され、今日から在校生は再び学年末考査の後半戦が始まりました。残りはあと明日を残すのみ。年度を締めくくる考査として、最後まで精一杯取り組んでくれることを期待します。
 考査が終わればすぐに、延びに延びてしまった新人戦がついに始まります。緊急事態宣言はまだ明けていませんが、3/14(日)に予定している大会まで、すでに2週間を切っています。明日で学年末考査が終了するので、サッカー部はさっそく明日から部活を再開する予定です。実に一か月ぶりとなるサッカー部の活動。新人戦に向けて、フルスロットルで準備してまいります。新型コロナウイルス感染予防のため、観戦・応援が認められていませんが、結果はHPでお知らせいたしますので、結果を楽しみにしていてください。いい結果をお伝えできるよう、選手・スタッフ一同全力を尽くしてまいります。


 さて、今日3月3日といえば、「ひな祭り」です。少しひな祭りについて調べてみたので紹介します。

≪3月3日のひな祭りの起源とは?≫
 西暦300年ごろの古代中国で、「上巳節(じょうしせつ・じょうみせつ)」という区切りがありました。もともと上巳(じょうし・じょうみ)とは、旧暦3月の最初の「巳の日」のことでしたが、年により日がずれるために3月3日に定められました。春を寿ぎ(ことほぎ)、無病息災を願う行事として定着していたようです。ちょうど季節の変わり目であるこの頃は体調を崩しやすく、邪気が入らないようにと沐浴して禊(みそぎ)をしたりしていました。日本へは遣唐使が上巳節を伝え、宮中行事として取り入れらたところから始まりました。

 穢れを払う意味合いで、紙や薬草で作った「ひとがた」で体を撫で祓い、穢れを移した「ひとがた」を川や海に流すようになりました。現在でも地方によっては「流しびな」などの形で残っている場合がありますね。

 

≪ひな祭りは平安時代のおままごとだった?≫
 平安時代になると、宮中や貴族の子どもの間で人形遊び(ままごと)が流行になりました。ままごとは「飯事」と書き、ご飯を食べるところやお祭りの情景などを紙人形で再現して遊ぶ、ということが現在のおままごとの起源とする説も。この遊びを、飯事という言葉とは別に「小さい、かわいらしい」「大きいものを小さくする」という意味の「雛」「ひいな」という言葉を用いて「ひいな遊び」「ひいな人形」と呼ばれました。

 やがて「ひいな遊び」が武家社会まで広がると、5月5日が男の子の節句であることの対として、3月3日は女の子の節句として浸透していきました。またそのころ開花時期の花である桃は、古代中国から邪気を払う神聖な樹木、花として大切にされてきました。実は食べると不老不死の仙人になれるとか、花も邪気を払うと言われていました。葉もまた漢方薬などに利用されてきたため、桃の花を飾ったり、室町時代には桃の花を浮かべた桃花酒というお酒が飲まれていました。このお酒は、飲むと顔色がよくなったり、体の悪い所を持って行ってくれたりするなどの効果があると信じられていたのです。

 人形を作る技術が発展するに伴い、ひな人形は流すものから飾るものへと変化を遂げました。江戸時代初期には男女一対の人形にお供えする行事食のみだったものが、わずか100年ほどの間に、7段飾りなどの豪華なひな人形が出てきたのです。一対の人形だけだったものが、お供が増え、お道具が増えていきました。当時、名のある大名は女の子が生まれたらすぐに雛道具の準備に取り掛かったと言われています。それらは本物の牛車や籠、漆器などを再現したミニチュアで、ひな祭りの日はそのお道具を使っておままごと遊びをしたと言われています。上巳の節に子供の健康や厄払いを男女一対の人形に託したところから発展していったのですね。

出典:Webサイト『LOVEGREEN』
https://lovegreen.net/botanicallife/p77608/

 このように行事の歴史に触れてみると、いろいろと感じるところがありますね。まさに今の「新型コロナウイルス感染症」の流行の状態に直面すると、「ひな祭り」の起源にあやかって、「穢れを払」ってほしいものですね。みなさんも、油断せず、新型コロナウイルス感染症対策に取り組んでいきましょう。

サッカー部 MUSANISTA #147 『 2021シーズン到来 』

 2月26日(金)令和3年度埼玉県公立高校入学者選抜学力検査が実施されました。本校では、面接試験は実施していない為、試験はこれで終了です。本校を志望して受検を終えた中学生たちは、今どんな気持ちなのでしょうか。倍率を見ると1.04倍でしたので合格率が100%というわけにはいきません。前回のブログにあるように今は「天命を待つ」のみというところでしょうか。合格発表は、およそ一週間後の3月8日(月)です。4月から共に大宮武蔵野高校で生活していける事を楽しみにしています。

 さて、国内サッカーの方は昨日、Jリーグ発足29年目となる2021年シーズンが開幕しました。昨年、開幕直前に猛威を振るった新型コロナウイルスの影響は未だに終息せず、緊急事態宣言も解かれぬ状況下でのリーグ開始となったことには不安もありますが、あれから一年が経過しても収まりきらないこのウイルスの感染力にはわずかな恐怖も覚えます。今月28日には対象地域の10都府県のうち首都圏を除く6つの府県で緊急事態宣言が解除され、首都圏の1都3県については、感染状況や医療提供体制の状況を見て解除の方針を決めるとされています。予定通りにいけば3月8日には解除されますが、懸念されている感染のリバウンドや感染拡大の第4波が現われない為にも、競技者・観戦者・運営者など、サッカーに携わる人たち全体で感染拡大防止に努めていかなければいけないんだろうと思います。

 FC MUSASHINOは、高校入試業務の為にわずかな休止期間を挟み、来週半ばから再び学年末考査の後半戦が始まります。そして、考査が終わればいよいよ新人戦一週間前になります。大会を目前にしての延期措置、及び部活動中止から約2ヶ月もの間、どのチームもどの選手もここまでコンディショニングやモチベーションを維持して来るのは大変なことだったでしょう。ですが、もう少しでまたサッカーが出来るようになると思うと…ワクワクしてきます。長い間、ブカツを中止してきましたが、私たちもいよいよ2021年シーズンの再開幕です。

 

【本日のJ1リーグ開幕戦一覧】

<2月26日(金)> 

  川崎フロンターレ  vs 横浜F・マリノス 2-0で川崎フロンターレの勝利

<本 日> 

  コンサドーレ札幌  vs  横浜FC 14:00 札幌ドーム

  浦和レッズ     vs  FC東京 14:00 埼玉スタジアム

  サンフレッチェ広島 vs  ベガルタ仙台 14:00 エディオンスタジアム

  大分トリニータ   vs  徳島ヴォルティス 14:00 昭和電工ドーム

  鹿島アントラーズ  vs  清水エスパルス 15:00 カシマスタジアム

  湘南ベルマーレ   vs  サガン鳥栖 15:00 レモンガススタジアム

  セレッソ大阪    vs  柏レイソル 16:00 ヤンマースタジアム

  ヴィッセル神戸   vs  ガンバ大阪 17:00 ノエビアスタジアム

 

 

サッカー部 MUSANISTA #146 『 Do your best and leave the rest to Providence 』

 ついに、明日で学年末考査一週間前となります。一年生にとっては初めての学年末考査。学年末考査はやはり、他の考査とは違った意味合いを持ってきます。
 それは、学年の成績が決まる点です。1・2学期の成績は10段階で出ますが、3学期は学年を通した成績が5段階で出ます。この一回の考査によって、5段階の成績が1あがったり1下がったりする可能性もある大切な考査なのです。しかも、ここで決まってしまった「評定」は、その後いくら勉強を頑張っても塗り替えることはできません。まさに、「今」がやるべき時なのです。部員には、「今がやるべき時だ」ということを十分に伝え、ブカツができない分しっかりと取り組むよう伝えています。

 また、これを見てくださっている、受験生にとってはいよいよ入試が10日後に迫っていますね。残り少ない日数ですが、以下のことを確認しましょう。

① 体調第一。新型コロナウイルス感染症、インフルエンザ対策はもちろん、きちんと睡眠をとり、生活リズムを整えよう。

② ラストスパート、苦手な教科こそ追い込みを。得意教科だけではなく、苦手教科にも取り組もう。得点の伸びしろが多い教科に追い込みを!

③ 当日の準備をしっかりと。試験当日にもっていくもの、試験当日の検査場所の確認をしておこう。当日は時間に余裕をもって行動するように心がけよう。

 受験生全員が、自分の全力を発揮し、実力通りの結果を得られることを願っています。4月、学校でお会いできることを、サッカー部でお会いできることを楽しみにしています。

 Do your best and leave the rest to Providence
(人事を尽くして天命を待つ)

サッカー部 MUSANISTA #145 『 ココロは熱くアタマは冷静に 』

 今日は「イライラ」について書きたいと思います。私も決して気が長い方ではありません。若い頃はそれでもまだ我慢出来ていたと思いますが、歳を重ねるうちに段々と我慢が弱くなっている様な気がします。これを読まれている方の中にも「すぐにイライラしてしまう」「人よりもイライラしやすい」という方もいるかもしれません。ですが、事にサッカー(スポーツ)の世界の話になれば、「イライラしながら」プレーする事や「イライラしやすい」性質というのはマイナス面でしかありません。表題にもあるようにどうしたらその「イライラ」を「良いパワー」に変換できるのでしょう。ひとつの参考になればと思います。

 まずは、「イライラしやすい人の特徴」を見てみましょう。この中に自分自身の事で当てはまるものがありますか。

1.キャパシティーが乏しい ちょっとしたことですぐにいっぱいいっぱいになったり、八つ当たりをしたり…。キャパシティが少ない人は、イライラしがちかもしれません。誰しもイライラしてしまう瞬間はありますが、それを理不尽に他の人にぶつけてしまうとしたら、あまり良いことではありません。

2.思い込みが激しい

 相手の立場や考え方を理解できずに、自分の視点しか持てない人は、言動に思いやりが持てないでしょう。そうしてそういった人は、自分の思い込みで突っ走ってしまう傾向があると言えます。心理カウンセラーの吉野麻衣子氏は「視野・視座・視点が狭く低く浅い上に、物事が客観視できず、相手の立場にも立つことができないため、周りを見ずに自分の思い込みで一方的に突っ走ってしまう傾向があります」と話しています。イライラしやすい人は、他の人の立場から物事を見るのが苦手な人が多いのかもしれません。

3.完璧主義

 責任感があり妥協をしない真摯な性格の人は、完璧を求めすぎてしまうゆえ、他の人の意識の低さやいい加減な態度にイライラを感じやすいと言われています。いつでもプロ意識を持って丁寧に取り組む姿勢は素晴らしいですが、妥協のできない完璧主義者は同時にイライラも感じやすくなってしまう可能性もあります。

4.精神的余裕がない

 人は余裕がないとき、ちょっとしたトラブルや問題に対してすぐに怒りをぶつけがち。余裕がなくなると、目の前の出来事だけに気持ちが傾いてしまうため、周囲の声も届きにくい傾向にあります。また、時間に追われているときも焦りが出て気持ちに余裕が持てなくなってしまうものです。

5.人に頼るのが苦手

 人に仕事を任せたり、大変なときに人に頼ったりすることができない人も、イライラしやすい傾向にあります。仕事ができないと思われるのが嫌で、周りの人に悩みや相談ができず、一人で抱え込んでしまいます。また、自分でやった方が早いと思って、一人でたくさんの仕事を背負ってしまっている場合も多々あるかもしれません。

 

 いかがでしたか。私は…やはり思い当たるものがいくつかありました(笑)では、続いて対処法についてです。

<イライラしやすい人の対処法>

①リラックスする時間を設ける

 一般的に、日頃から適度にリラックスする時間を設けることは、自律神経のバランスを整え、イライラや不安を和らげることができると期待されています。ストレスや緊張を抱えることが多いと、自律神経のバランスが乱れて交感神経が優位になります。するとイライラや不眠、肩こり、頭痛など、精神的にも体的にも体調を崩しやすいと言われています。そのイライラはもしかしたら、自律神経のバランスが崩れたことで起きている可能性もあります。意識的にリラックスする時間を作る努力をしてみましょう。

②物事の良いところに目を向ける

 物事を考えるときに、ポジティブに締めくくることで、嫌な感情を和らげることができます。例えば嫌なことがあったときに、「最悪だった」で終わると、ネガティブな感情だけが強く残ってしまいますが、「最悪だったけれど、△△は良かった」とポジティブに締めくくることができれば、その都度イライラせずにいい面にも目が向くようになります。人はネガティブになっているときほど、他人の欠点や物事の理不尽さに目がつきやすくなるもの。人の長所や物事の良かったところに視点を変えることができれば、ネガティブな思考に頭を支配されることは少なくなるはずです。

③冷静に本質を考える

 思わずイライラを人にぶつけてしまいそうになったら、一旦落ち着いて状況を見つめ直してみましょう。心理カウンセラーの吉野さんによれば、その時の怒りに任せず、一瞬冷静になる時間を作るべきだと言います。「苛立ったときは怒りに任せず、『なぜ苛立ってしまったのか、どうしたら良かったのか、自分はどうして欲しいのか』などを考えてみましょう。その場の感情で動くのではなく、一瞬立ち止まって冷静になり、物事や自分の感情に対してロジカルに考えるようにしてみてください」

④自分にゆとりを持つ

 家庭でも学校でも、あまりに忙しいときは思わず余裕をなくしてしまう瞬間もあるはずです。でもそんなときだからこそ、落ち着いて物事をシンプルに捉える努力をしてみましょう。「多忙過ぎて限界と思うときこそ、深呼吸をし、冷静になって自身の気持ちを落ち着けてください。物事はどんな難解に思えるものでも実はいたって単純。その単純さが重なって複雑になっているため、落ち着いてゆとりを持って解きほどいてみてください」

⑤自分がイライラしやすい状況を分析する

 心療内科医の田中茉里栄さんによると、自分がどういった状況でイラッとしやすいかを分析することで、前もった対応策を講じられると言います。「私の場合は急患が入っていつもより疲れて帰ってきたときには、明らかにいつもよりイライラしやすくなっているなと感じます。そんなときにはあえて家事はせず、デリバリーを取ったり、お風呂に入ってすぐに寝てしまうようにしています。自分のイライラしやすい状況を分析することで、前もって対応策を講じることができたり、自分がイライラしているという自覚をもつことで『今余裕がない、手伝ってくれる?』と周りに助けを求めるという選択肢もできるでしょう。」(田中氏)イライラしてしまう原因を前もって分析し、対応策を用意しておけば、周りや自分自身に当たることもなく冷静にやり過ごすことができるかもしれません。

 

<イライラや怒りが生じた時のその場での対処法>

①ゆったりとした呼吸を意識する

 ネガティブな感情から脱するためには、深く息を吸い込み、体全体に酸素を行き渡らせるイメージをしながら吐き出す呼吸がおすすめです。 新鮮な酸素が体内に取り込まれると、イライラによって疲れた脳もリフレッシュしやすくなります。また呼吸には、「息を吸うこと」と「吐くこと」に意識を集中させることで、怒りの原因から一時的に距離を置けるメリットもあります。

②6秒間数える

 人間の怒りをコントロールするアンガーマネジメントによると、怒りのピークは6秒で終わるそうです。 これは、神経伝達物質のノルアドレナリンによって生じる興奮状態が、体内をめぐって落ち着くまでに6秒かかるメカニズムに関係しています。 ですから、何らかの嫌なことで怒りが湧き上がりそうになったら、その場ですぐに反論するのではなく、意識の中で6秒カウントしてみてください。こうした意識をすることで、イライラによる人間関係の悪化なども防ぎやすくなります。

③タッピングを行う

 タッピングとは、精神医学の分野でも使われる手法です。指の先で手の甲や肩などの皮膚に触覚・圧覚刺激を与えていくと、気持ちが開放されやすくなると言われています。※これは、あまりオススメしません。

④状況を面白いものに転換する

 イライラや怒りが生じやすい人は、人間関係トラブルなどに対して自分を責めたり、被害者意識を持ちやすかったりする傾向があります。この癖に気づいたときには、自分にストレスを与える状況を敢えて面白がるという考え方に挑戦してみるのもおすすめです。 面白がれるようになると、自分の個性や能力の低さを責めてしまうこともなくなります。また、不快な状況を面白がれるだけの精神的余裕があると、ストレスを恐れず新たな挑戦などもしやすくなるでしょう。

⑤「4マス整理」を実践する

 イライラなどのネガティブな感情が多い人は、「その問題が重要か?否か?」と「自力でコントロールできるか?できないか?」で気持ちの棚卸しをする4マス整理を行ってみましょう。 この作業を実践すると、さまざまな怒りに対して「自分がコントロール可能で、重要度が高いものだけ対処すれば良い」という結論を出しやすくなると思います。また、4マス整理で「重要度が低い」とわかったイライラ対象は、状況を面白がる方向で対処をしても良いでしょう。

 

 いかがでしたか。あくまでも一般論ですので「自分に合わない」とか「なんか違う」ということもあると思います。それぞれで自分に合った改善方法を身に着けてもらうための参考にという意味で書いてみました。

 今は、部活として身体(フィジカル面やテクニック)を鍛えることはなかなか難しい状況です。ですが、脳(=メンタル面)は個々人の心の持ちようでいくらでも鍛えられます。以前のブログにもありますが、「これをチャンスと捉えて」是非取り組んで欲しいと思います。どんな場面でも「いつも通り」やることがどれだけ難しいことか。全集中も、精神コントロールも、息使いがポイント…なのかもしれません。

サッカー部 MUSANISTA #144 『 気持ち一新 』

 高校入試・大学入試が近づいてきました。あちこちで新型コロナウイルス感染症対策が叫ばれる中、東京都の新規感染者数の1週間平均が「500人以下」と、緊急事態宣言解除の基準の一つをクリアした形となりました。一方で、「検査の基準が変化した」という声や「検査数が減っている」という話もあり、実際のところはよく分かりません。いずれにせよ、油断することなく新型コロナウイルス感染症の「終息」まで、対策を続けていくしかありません。今日は、こんなニュースがありました。

緊急事態宣言、10都府県は継続必要 医療体制厳しい=西村再生相

 西村康稔経済再生相は12日開催された基本的対処方針等諮問委員会で、新型コロナウイルス感染拡大防止のため緊急事態宣言が発令されている10都府県について、新規陽性者数は減少傾向にあるものの、医療提供体制は引き続き厳しいとして、宣言の継続が必要と述べた。
 緊急事態宣言の期限は3月7日。政府は新規感染が減少傾向にあった岐阜県・愛知県を中心に宣言を解除し、13日施行される改正特措法に盛り込まれた「まん延防止等重点措置」の対象に移行する検討していたが、見送った格好だ。
 西村氏は感染状況を示す指標で2番目に深刻な「ステージ3」の段階では、「まん延防止等重点措置の対象になる」と述べ、緊急事態宣言の対象地域の段階的解除で適用する方針を示唆した。まん延防止等重点措置では、緊急事態宣言と異なり対象地域を市町村などに限定できる。飲食店に営業時間短縮を命令できるのは緊急事態宣言と変わらないが、違反した場合の過料が30万円から20万円に減額される。
 西村氏は、飲食店の営業時間短縮の協力などにより新規感染者が減少しているが、高齢者の感染がなかなか減らないと指摘。昼のカラオケ、路上での飲み会などについて注意喚起した。また、昨年春の宣言発令時と比べ、在宅勤務が十分に広がっていないと述べた。

出典:Webサイト『YAHOO!JAPANニュース』
https://news.yahoo.co.jp/articles/d8c6f6a603000342e71f6b257618bc277128fd6d

 新型コロナウイルス感染症との戦いはまだまだ先は長いとは思いますが、イメージ・世間の風潮に流されることなく、自分の考えで動けるような人になって欲しいです。サッカー部としては、そんな中でも、新人戦に向けできる限りのことを行っていくつもりです。
 さて、本日は学校では粗大ごみや廃品の回収の準備日でした。サッカー部では、古くなったラインカー、古くなったグラウンド整備用マット、年末の部室・マネ小屋の掃除で出てきたゴミなどを捨て、環境を一新。活動の場所をすっきりさせ、部活の再開に向けていい準備をしました。最後のミーティングでは、まず「約10日後から始まる学年末考査に集中すること」とともに「そんな中でもしっかりと身体を動かし、新人戦に向け準備すること」を確認し解散しました。ブカツができず忍耐力が必要な時期が続きますが、しっかり力を貯め、部活再開の時を万全の状態で迎えるつもりです。

サッカー部 MUSANISTA #143 『 自主練習とは? 』

 誰もいない夜中の校庭がイメージトレーニングには最適だった。闇の中、「蹴れ」「行け」「OK」などと大声で叫び、ボールを蹴ったこともあったそうだ。「その光景は奇異だったものに違いない。幽霊とでも試合をしているような様子だったのだろう。しかし、僕自身は、至って真剣だった」

 サッカーのW杯ブラジル大会日本代表のGK川島永嗣選手は浦和東高校時代、試合前日の夜中に1人でコーチング練習をしていたと言う。著書「準備する力(角川書店)」で語っている。「練習の虫」の川島選手らしく、高校時代は毎朝7時30分ごろに学校に着くと、午前8時20分の始業時間ギリギリまで自主練習。しかも片道45分の自転車通学では、ギアを一番重たくして、爪先でペダルをこいだ。雨の日も傘を差しながら実行したことも書いている。浦和東高校で出会った野崎正治監督(当時)が川島選手に大きな影響を与えたと言う。「人と同じ事をしていては、人と同じにしかならない」。サッカー部に入部して最初のミーティングでの薫陶がプロ選手への道を開き、海外クラブで活躍し、日本代表となり、今に至った。

 世界が熱狂するW杯ブラジル大会が開幕。浦和東高校3年間に実行した朝練習や夜中のトレーニングが強固な礎となり、日本のゴールマウスを守ってくれることだろう。

2014/06/13 さきたま抄より

【ポイント】

   ・人よりも上達したければ、人と違う事他の人以上に)をやりなさい。
   ・自主練習は、人からやらされてするものではなく、自ら考えてするもの。
   ・周囲からは白い目で見られたとしても、自分は真剣に取り組むこと。
   ・その時の状況に左右されずに(天候や体調など)、どんな時でも継続すること。
   ・練習量は、裏切らないということ。

 

<川島永嗣選手 プロフィール> Wikipediaより抜粋

 1983年3月20日生まれ。埼玉県与野市(現さいたま市中央区)出身のプロサッカー選手。リーグ・アン・RCストラスブール所属。日本代表。ポジションはGK。少年時代は地元与野八幡サッカースポーツ少年団で基礎を学ぶ。与野西中学校時代に本格的にGKのポジションを始めた。その後埼玉県立浦和東高等学校へ進学し、3年の間に選手権・国体・高校総体と高校サッカー3大全国大会すべてに出場。学生時代の成績は優秀で、周囲からは大学進学を勧められていたが、プロでやっていくことを決断。しかし、地元浦和レッズのセレクションは不合格となる。その後もうひとつの地元クラブである大宮アルディージャへの加入が決定。

 

サッカー部 MUSANISTA #142 『 このブログのアクセス数 』

 この大宮武蔵野高校サッカー部のHPにアクセスカウンターを設置してから、ちょうど半年になります。アクセスカウンターとは、このHP左にある以下のようなものです。

  

 

 

 

 

 これは、このHPを何人が見てくれているかをカウントするものであり、この半年で15685人もの人がこのHPを見てくれていることになります。このカウンターを設置した時は、ブログの『MUSANISTA』はちょうど#100でしたので、この半年で42回ブログを更新してきたことになります。この毎回のブログを見てくださっている人もいれば、たまに覗いてくださる人もいるかもしれません。2020年8月11日から今日まで、数えてみると185日あります。したがって、一日当たり平均84回ものアクセスをいただいていることになります。当初は「年内に2020アクセス」を目標にHPを作ってきましたが、その目標を大きく上回り、年内に10000アクセスもしていただいておりました。顧問の阿部、鈴木ともども、驚きとともに感謝の気持ちでいっぱいです。また、一つのブログあたりに直すと、平均373アクセスになります。今後も、多くの人に見られているということをしっかりと認識し、ブログやその他試合日程などを更新していこうと思います。
 一昨年の4月から刷新したこのHPは、まもなく2年を迎えようとしています。練習試合をすると、相手高校の先生から「ブログ見てますよ。この前の試合、おめでとうございます」と言われたこともありました。学校説明会の部活動見学では、「HP見ています。選手の様子や、練習試合の場所や頻度、結果などが分かってイメージがわきやすい」という声もありました。嬉しい声をたくさん聞き、「思っていたよりも多くの人が見てくれているんだなあ」と実感しています。その他にも、大宮武蔵野高校に来ようと思っている中学生、その保護者の方々、部員、卒業生など、その声は聞くことはできませんが、多くの人が見てくれているのだと思います。
 今後も、見てくださっている方々の期待を裏切らないよう、HPの更新に力を入れていきたいと思います。今後の更新にもご期待ください!

サッカー部 MUSANISTA #141 『 泳ぎで感謝を 』

【瀬戸大也はなぜ「引退を考えなかった」か?活動停止期間がもたらした”スタミナ低下”と五輪への収穫とは】

 課題が見えた一方で、それに大きく勝る収穫のある大会だった。2月4日に開幕し、7日まで行なわれた競泳のジャパンオープンに瀬戸大也が出場した。約2カ月半の活動停止処分が明けて、ほぼ5カ月ぶりの実戦でどのような泳ぎを見せるのか注目を集めたこの試合は、瀬戸の今後を占う上でも重要な意味を持っていた。エントリーしたのは3種目。最初のレースとなったのは、大会初日に予選と決勝が行なわれる400m個人メドレー。ここで瀬戸は良好な結果を出す。予選を4分14秒98、全体の2位で決勝に進むと、4分12秒57で優勝したのである。

<まだまだ練習不足です。身体が全然動きませんでした>

 1日置いた6日には、200mバタフライと200m個人メドレーに出場。両種目ともに全体1位で決勝に進む。初日とは対照的に、決勝を本来の順位におさめることはできなかった。バタフライは予選の1分56秒80から1分56秒32とタイムを少し上げたものの3位。個人メドレーは予選1分59秒52から2分03秒89と大幅に落とし、決勝の8人中最下位の8位に終わった。「まだまだ練習不足です。体が全然動きませんでした。」レースを終えて、瀬戸は語った。たしかに体力面が本来とは異なるのは、泳ぎから伝わってきた。200m個人メドレー決勝は、得意とする最初のバタフライから動きが重く、萩野公介らに離され、背泳ぎで最下位になるとその後は泳ぎ切るのがやっと、という疲労感があった。優勝した400m個人メドレーでも後半に追い上げられたのはスタミナが足りていなかったことにある。活動停止期間中も練習は認められていたとはいえ、民間のプールに許可を得て泳ぐレベルだったという。本格的な練習再開は1月になってからだったし、試合の場から遠ざかった影響も大きかっただろう。それでも収穫と言ってよい材料がいくつもある。

<今までとは違った緊張感があった復帰戦>

 いちばんは、400m個人メドレーで優勝したことだ。もともと予定されていたスケジュールから大きく変わり、空白となった期間がある。紆余曲折を経て迎えた復帰初戦だ。「久しぶりのレース、復帰戦ということで、今までとは違った緊張感がありました。」「(予選は)久しぶりだったので、かなり緊張していて周りが見えてなかったです。とにかく自分のことでせいいっぱいだった。」不安やさまざまな緊張のある中で勝ち切ったことは、瀬戸自身にとって手ごたえとなったはずだ。泳いでいるときのフォームなどの面で以前と大きく変わった印象も見受けられなかった。瀬戸自身はこう語っている。「技術的にはかなりのスピードで戻っています。」それをたしかめられたのも、収穫の1つだ。

<反省とともに「泳ぎで感謝を」>

 そして何よりも、レースという場に立ったこと自体から得たものは大きかった。久しぶりの実戦について尋ねられ、答える中に、このような言葉があった。「初めてオリンピックの会場で泳がせていただいて、いろんな気持ちが芽生えて競技ができるありがたさを感じました。」また、コロナ禍に触れたあとにこう語っている。「とにかく今は大会ができて出場できるありがたさをすごく感じました。」自身が立っている場所に、立ち位置に自覚がなかったことから、泳ぎたくても大会に出ることができない状況を自ら招いた。だからこれまでを反省する。「恵まれた環境というのが、自分はすごく当たり前だと勘違いしていたと、すごく情けない気持ちでいっぱいでした。」反省とともに、支えてくれた人々にも思いを馳せることから、「泳ぎで感謝を」とも考える。

<金メダルを獲ることへの思いは変わってない>

 引退を考えたことはなかったと言う。手にしていないオリンピックの金メダルを渇望することに変わりはないからだ。「しっかりと競技で結果を出すということはオリンピック、その先の世界大会で金メダルを首から下げることだと思っています。応援してくださる方々によい報告ができるよう、恩返しができるように頑張っていきたいと思います。金メダルは子どもの頃からの夢ですし、夢を達成したい気持ちは変わっていないです。」オリンピックという目標が変わらないからこそ、今大会もそのための機会と考えていた。200mバタフライ、200m個人メドレー決勝の泳ぎの要因は、体力が足りていなかったこともあるが、ともに全体1位となった予選の泳ぎにもある。単純に決勝に焦点をあてるなら、予選はある程度抑えていく作戦もあった。そうしなかったのは、予選から好タイムを出していかなければ世界では戦うことができないと思っていたからだ。「今大会で現状が分かったので、自分に活を入れていきたいです。」3つの種目すべてを終えて、瀬戸は語った。これからどのように進んでいくのか、その過程こそ問われるし、過程にこそ価値がある。将来を作るのも、自分自身にほかならない。瀬戸の次戦は、4月の日本選手権になる。

2021年 2月9日 NumberWebより(松原孝臣氏)

<プロフィール>Wikipediaより抜粋

 1994年5月24日生まれ。日本人競泳選手。埼玉県入間郡毛呂山町出身。2020年9月末まで全日本空輸に所属。2016年リオデジャネイロオリンピック男子400m個人メドレーで銅メダルを獲得。2013年世界水泳選手権の400m個人メドレーで日本人初となる優勝。2015年に連覇もしている。2019年世界水泳選手権では日本人初の200m個人メドレーで優勝。小学生の時から水泳の全国大会に出場経験があり、萩野公介とは少年時代からの好敵手であり、憧れであったとのこと。個人メドレー、バタフライ、自由形、平泳ぎ、背泳ぎといった全ての泳法で全国大会優勝経験を持つ。毛呂山町立毛呂山中学校2年次に全国JOCジュニアオリンピックカップ水泳競技大会男子400m個人メドレーにて萩野に競り勝ち、当時の日本中学新記録で優勝している。埼玉栄高等学校時代は、インターハイで400m個人メドレーの三連覇を達成した。

サッカー部 MUSANISTA #140 『 明るい話題に目を向けて 』

 政府が出した、緊急事態宣言の延長に伴い、大宮武蔵野高校でも『始業時間1時間遅れ40分授業』が延長になりました。本来は、2/7(日)で緊急事態宣言が解除になるはずだったので、今日2/8(月)からは平常授業になる予定でしたが、戻ることができず残念。さらに、部活の大会も延期して部活ができず残念。イベントもできず、旅行も行けず、できないことだらけですが、できることを見つけて頑張っていくしかありません。
 こういう時に、暗い話題ばかりでは前を向いていけません。世界の明るいニュースをご紹介するのでご覧ください。

短期間でのワクチン実用化:
 新型コロナワクチンが実用化にこぎ着けるまでにかかった時間は1年足らずと、ワクチン開発史上でも異例の早さだった。ドイツのビオンテックと組むファイザーのほか、モデルナ、アストラゼネカとオックスフォード大学、中国医薬集団(シノファーム)などが数十億人もの人々を救うワクチンの開発に懸命に取り組んだためだ。さらに、ファイザーやモデルナがメッセンジャーRNA(mRNA)技術を用いて体内で人工的にウイルス構成物質を作り出すことに成功したことで、将来的にがんや心臓病などの治療法発見につながると期待されている。

大掛かりな在宅勤務の実験:
 育児との両立や長時間労働、テクノロジーや高速インターネットへのアクセスのばらつき、精神的ストレスといった問題もあり、全てが順風満帆だったわけではないが、数億人もの人々が在宅勤務をどうにか1年近く続けてきた。こうした勤務形態の急激なシフトで、パンデミック(世界的大流行)後の働き方を世界的に見直さざるを得なくなっている。フレックスタイム制や通勤・出張の減少、在宅とオフィスで勤務時間を分ける形態がニューノーマル(新たな常態)となる可能性がある。

(つかの間の)環境回復:
 観光業と製造業の低迷で経済は打撃を受けたものの、人の流れや工場の稼働が一時的に止まったことが環境にとってはプラスとなった。大気汚染が劇的に減少し、静かになったタイのビーチにはカメとクジラが戻ってきた。香港では、フェリーの運航減少後、姿を見せる絶滅危惧種のピンクイルカが増えたという。人間のプレゼンスが低下すれば、生態系が急速に回復する可能性が示唆された。

テクノロジーが世界を結ぶ?:
 人々をバーチャールに結び付けるテクノロジーなしのロックダウン下の生活を想像できるだろうか。家庭料理の腕を磨いてインスタグラムやユーチューブなどのプラットフォームで披露する人もいれば、ゲームソフト「あつまれ どうぶつの森」で仮想サファリを始めたり熱帯の島に集まったりするインターネットユーザーもいる。また、室内にとどまる人間に代わり、ドローンや自律型ロボットが緊急医療物資や食料品などの配達に活用されている。

出典:Webサイト『bloomberg』
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2020-12-24/QLN444T0AFBB01

 新型コロナウイルスの対応で、多くの人、分野では自由に物事を進めることができなくなった。一方で、上に挙げたような分野では、たまたまこのような状況のメリットが見つかったり、大きな転換の契機にできたり、まとまったお金や技術(マンパワー)が集中的に投入されたり。今、世界が大きな転換期を迎えていることは間違いない。
 家にいる時間が長いこの時期に、『ゴロゴロして、無為に日々を過ごす』のか、『目標をもって、新型コロナウイルス終息後の生活に向けて取り組む』のでは大きな違いがあることは、もう世界中、日本中の人が気づいているはずだ。環境の波に飲み込まれないよう、自身も自己陶冶(とうや)に励んでほしい。

サッカー部 MUSANISTA #139 『 Self Control 』

 前回お知らせしました通り、新人大会が再延期となりましたので再びブカツの方は暫く活動停止となりました。私たちはまだ幸運な方です。年明けからわずかな間だけでも活動することが出来ましたので。けれど、多くのブカツは昨年クリスマス頃よりおよそひと月半もの間、ブカツが出来ていない事となります。

 私たちは3月に延期した新人大会に向けて” Self Training Note ”を引き続き活用していきます。いわゆる「自主練習」ということですが、私は『セルフコントロール』だと思っています。

 生徒の中には、部活をしているから身体も心も健全な状態を保てている者もいるのが実際の所だと思います。なぜなら、彼らは競技者(アスリート)である反面、生徒(子ども)でもあるからです。「部活があるからコントロールされている」ということです。例えば、「明日は日曜だけど部活があるから規則正しく起きられる」「明日は試合があるから夜にきちんと寝ることができる」「今日は筋トレしたからたんぱく質を摂ろう(身体のためになるものを食べよう)」「赤点(欠点)取ったら〇〇(部活のルール)だから今はマジ勉強しよう」「髪を染めたいけど部活やってるから我慢しよう」などなどです(言うまでもありませんが、太文字箇所が否定形になる生徒がいたとすれば、それは競技者ではなく、ただの生徒になってしまいます)。

 それでは、3月までの部活ができない期間はどうなってしまうのでしょう。そうした「コントロールされてきた」部員たちは大変なことになってしまうのでしょうか?・・・否。私は、むしろ「最良の機会」だと思っています。理由は、2つあります。

①自分自身で自分をコントロールする力(自己統制力)を身につけられる

②他者との差を大きく縮める(開かせる)チャンスである

 これまで、部活があることで抑えられていたものや管理されていたことがなくなっても、それらを自分でできる力。それは、競技者(アスリート)に最も欠かせない力だと思います。『他の競技者や過去の自分自身(記録)に勝りたい人が、自分の事さえコントロールできなくて、良い結果が望まれる訳がない』皆さんもそう思いませんか。これは、「身体面」のことだけではありません。「精神面」も同じです。”挑戦する力””我慢する力””諦めない力””継続する力””協力する力””統率する力”など、これまで部活の中で求められてきていたものを、ブカツ以外の様々な場面でも「活かす」ことができるのかどうか。

 そして3月の部活再開後、もしかしたら大きなチャンスを掴める人も出て来る可能性が高いということです。勿論、それは”FC MUSASHINO”も同じです。普段でしたら皆同じようにブカツをしていますので、その差はなかなか埋まらない(開かない)。練習の時間と負荷を、誰よりもどこよりもこれまでよりも努力して、長期に渡って継続しないと困難です。ですが、今は状況が違います。今は、皆同じようにブカツをしていません。もし、その中でひとりだけ、毎日10km走り続ける部員がいたらどうでしょう。ひと月後、彼はダントツで10km走を優勝することができます。「うさぎとかめ」の話は皆さんもご存知ですね。どんなに足の速いウサギでも、ひと月もの間休憩していれば、たとえウサギよりも足の遅いカメでも、毎日毎日コツコツ積み重ねていければ、ひと月後に立っている位置は、逆転することができますよね。

 来週8日(月)から、私たちは「 Self Training Note Vol.2 」に突入します!

 

『 頑張ることしかできないんだから 俺は昔から 』

『 努力は日々の積み重ねだ 少しずつでいい 前に進め!! 』

                                           by 竈門炭治郎

サッカー部 MUSANISTA #138 『 再度延長 』

 緊急事態宣言の延長により、新人戦の日程が再度延長になりました。それに伴い、先週金、今週月、火、水とやってきた部活も、また停止期間に入ってしまいました。新人戦の新たな日程は、初戦が3月14日(日)の予定です。
 さて、今回の部活動停止期間は、学年末考査や入試の関係で、約1ヶ月になる予定です。再開は、学年末考査最終日の3月4日(木)になる予定で、今回は大会前であるからといって2週間前から練習を再開することが難しい状況です。したがって、今回は練習再開の4日から数えると、新人戦に向けたチーム全体の練習としては

 4日(木)、5日(金)、6日(土)、7日(日)、8日(月)、9日(火)、10日(水)、11日(木)、12日(金)、13日(土)

のちょうど10日間しか行えません。もし、この一か月間部員が何の「自主練習」もせず3月4日を迎えたとすると、確実に新人戦で全力で戦いきることはできません。今回こそ、前回以上に『新人戦は準備をしっかりとできたチームが勝つ』ということを再確認し、「自主練習」に取り組んでほしいと思っています。特に、テクニックでは勝っているのに、体力切れで戦いきれないということが絶対にないように準備していくつもりです。今回も、「Self Training Note」を課し、部員の取り組みを見守ります。
 また、我々スタッフ以外にも学校の中で応援してくれる生徒もいます。先日、新人戦に向けてということで、差し入れをいただきました。ありがたく頂戴し、新人戦の試合当日に使わせてもらおうと思います。'FC MUSASHINO'を応援してくださっている皆様も、緊急事態宣言明けの新人戦での活躍を信じて、引き続き見守っていただければと思います。よろしくお願いします。

 今できることは、『再開できるその日を信じて、その日を見据えて、準備していくこと』。それしかないと思います。ブカツができなくとも、やるべきことをやり、試合に備える。そんな『自律力』が試される期間だと思います。

 Do what you should do now !

(今 やるべきことをやれ!)

サッカー部 MUSANISTA #137 『 立春 』

 今年も早いもので2月になりました。明日は、1897年(明治30年)以来124年ぶりに2月2日が節分となる日です。つまり、暦の上では明後日からもう春です。この一年、ほんとうにあっという間だったような気がします。それでも政府は、緊急事態宣言を延長する方針で固めたそうです。明日の諮問委員会で正式決定になるようです。予期していた「新人大会」の”再延期”も現実味を帯びてきました。

 さて、話は少し変わりますがみなさんはどうしてサッカーをしていますか。言い換えれば、「サッカーが出来なければほかに何をしますか」。高校生当時の私の答えは簡単です。「自分の夢を叶えるため」「プロになって日の丸をつけてプレーをするため」「サッカーが出来ない事は考えられない」そんなところだったと思います。私に限らずチームメイトも私と似たようなものだったと思います。なので、ある面では試合よりも練習の方が厳しかったですし、仲間が練習を休んでるときはチャンスだと思っていましたし、そんなやつらばかりでしたから多少身体が痛くても安易に練習を休んではいられないような雰囲気でした。捻挫、モモカン、肉離れ、時には疲労骨折でも練習中は痛みを忘れるくらいにやっていたと思います。中には、試験前でも練習に来るのもいましたし、学校行事を休んで試合や練習に来るのもいました(笑)今ほどクラブチームという概念が定着していなかったので当時学校側もチームの活動を理解するのは大変だったかもしれません。皆、サッカーが好きな連中ばかりでした。

 何が言いたいかというと、私たちはそれだけ「打ち込んでいた」ということです。自分が好きなものや大事にしていることに高校3年間のすべてを費やしていたということです。そして、そのために「本分」を疎かにはしなかったということです。「サッカーを頑張ってるから勉強できなくてもいいだろう」「練習で疲れてるから勉強できなくても仕方ないだろう」「監督にバレなければ大丈夫」「オレは上手いんだから特別だ」「たまには練習サボって遊ぼうぜ」・・・。私がサッカーを始めて、最初に学んだことは「サッカーは、子どもを大人にし、大人を紳士にするスポーツである」という言葉でした。当時は、あまりピンと来ませんでしたが歳を重ね、振り返ってみると挨拶や礼儀、マナー、身の回りの整理整頓、時間を守ること、物を大切に扱うこと、協力すること、努力すること、諦めないこと、年下には優しくすること、年上には敬いを忘れないこと、親孝行すること、約束は守ること、自分に嘘はつかないこと、誤魔化さないこと、人を馬鹿にしないこと、ずっとサッカーに携わっていけるような人になることなど、本当にたくさんの大切なことを「サッカー」を通じて教わってきたことに気が付きました。あまり知られていないかもしれませんが長谷部誠選手も、長友佑都選手も、香川真司選手も、クリスティアーノ・ロナウド選手だって、皆サッカーをすることで成長して世界でも有数のサッカー選手になられています。

 私たちの春はまだまだ先ですが、自分を見失うことなく、今を大事にして、明日からも練習に打ち込んでいきたいと思います(まだブカツができることに感謝です)。

サッカー部 MUSANISTA #136 『 Re:start 』

 延期となっていた埼玉県高校サッカー新人大会南部支部予選の改日程が決まりました!規定により、「感染予防対策として2月7日までの間は部活動は原則中止とするが、大会当日から起算して2週間以内は活動をしてもよい」となっているため、本日より「ブカツ」を再開しました。部員も約3週間振りの部活とあって、イイ顔をして練習していました。ここまで自主練習に取り組ませていたのがよかったのか、私達が思っていた以上に身体がまだ動かせていたように感じました。さすがに最後の方は疲れも見えていましたし、何より「試合」となったら今日の状態は、まったく論外でしょう。ここからどこまでコンディションを上げていけるのか、私にも分かりませんが…それはどの学校も同じこと。初戦までの短期決戦を精一杯に準備していきたいと思います。

 ですが・・・

練習後に部員には、こうも話をしました。

「今の状況下で部活動を行うことが周囲にどんな風に思われるか」

「だからこそ、感染予防には細心の注意を払って、これまで以上にまわりに気を配って活動しなければならない」

「万が一、大会が再延期になって、数日も経たない内に再び活動中止になったとしても、決してこの数日間は無駄にはならないし、少しの間だけでもブカツが出来たことに感謝する」

「置かれた環境の中でそれぞれの考えがある。この状況での部活への不参加は誰からも非難されることではない。皆で理解しよう」

 この先、予定通りに大会が開催できるのか、本当に分かりません。報道では来週5日頃には緊急事態宣言の延長可否が決まるとの事です。先にも述べましたが、今の私達は大会参加の機会が設けられたお陰でブカツが行えるようになった。ただ、それだけです。今日までなくなっていたピッチが眼前に広がり、ボールとゴールがあって、仲間と集まり、共にサッカーを思いっきりすることが出来る。それだけです。

 

【埼玉県新人大会南部支部予選兼関東大会予選】

     日 程:2月11日、14日、20日、3月14日、20日、21日 (6日間)

     初 戦:2月11日(木)

     相 手:県立与野高校

※コロナウイルス感染拡大予防のため、本大会は大会関係者のみでの試合となり、保護者をはじめ家族や友人、その他一般の方の来場を禁止しています。試合会場及び試合時間は、掲載できませんがどうぞご理解とご協力をお願い致します。

サッカー部 MUSANISTA #135 『 内に目を向けてみれば 』

 コロナ禍で部活動ができなかった期間にも、顧問の阿部、鈴木は様々なことを相談し、決定してきました。緊急事態宣言解除後の練習について、来シーズンについて、HP更新についてなど...。そんな話の中で、ふと今の2年生の話になりました。
 阿部が本校に着任してから2年が経過しようとする今、顧問が阿部、鈴木での体制での'FC MUSASHINO'は3年目を迎えようとしています。今の2年生が2年前入学してきたころを思い返してみると、今よりも技術力も戦術力も物足りなかったことを思い出します。今では、それぞれが技術面、戦術面、精神面、様々な面で成長し、一回り大きくたくましくなったことをしみじみと感じます。

 一昨年の夏合宿では、「骨折した!」と騒いで病院で診てもらったら「ただの捻挫ですよ」と言われたり、選手権予選vs山村国際で大事な試合であるにもかかわらず、人生初めてのカードがレッドカードで退場したGK。試合後はいじけて端っこで泣いていました。今では、キックの精度、飛距離も上がってきたり、コーチング、声出し、シュートストップなど見違えるようになりました。

 クマガヤSCで培った力で先輩の試合にも早い時期から出場していたCB。部長になってからは、試合を分析してミーティングで時間を取って話してもらったり、選手への連絡をしてもらったりしています。試合の中でも、誰よりも声を出してチームを盛り上げたり、練習中からチームをまとめたりしてくれています。ヘディングやスライディングなどのプレーにも自信をもって戦えるようになってきました。

 一昨年の12月に入部したCB。最初はなかなかステップが踏めず、守備の対応に四苦八苦していました。しかし今では、自分からインターセプトを常に狙っていたり、相手に前を向かせないように早くプレスをかけたりと、チームのためにサボらず貢献してくれている姿をよく見ます。身体の方も継続的に鍛えていて、部活再開後が楽しみです。

 先輩がいた間はなかなか出場機会がなかったSB。昨年の夏には、試合でなかなかうまくいかないスランプの時期があり、そこから「練習前のステップ、ラダートレーニングなど」を始めました。最近では、その成果もあってか、ステップをしっかり踏めるようになったり、ボールの落下点を読んでヘディングでクリアしたり、自信も出てきてオーバーラップなど攻撃面でも積極的なプレーが増えてきました。

 球際やヘディングを嫌がってほとんど競り合いに行かなかったボランチ。今では、セットプレーになると上がって点を取りに行ったり、守備の面でも相手を圧倒するヘディングの強さを見せています。また、練習中でのゴール率の高さも目を見張るものがあり、最近は意識してロングシュートをさせていることから、試合中のロングシュートでの得点も期待できる選手になりました。

 先輩と折が合わない時期があったり、ポジションがかぶって出場機会に恵まれなかったボランチ。最近では不動のボランチを任され、献身的で粘り強い守備、着実で正確性の高いパスで攻撃のリズムを作るなど、今では'FC MUSASHINO'のゲームには欠かせない存在になりました。怪我に悩まされる時期もありましたが、部活動再開後は万全の状態で活躍してくれると信じています。

 高校に入ってからサッカーを始めたFW。初めの頃はボールを止めることも、蹴ることもままならず、ドリブルで突っ走るだけのSHでした。なかなか顔が上がらないドリブルは、そのまま止まれずゴールラインを割ってしまうこともしばしばありました。今では、立派にFWを任されるほど迫力満点に。顔も上がるようになり、相手の守備をしっかり見て次のプレーを考えられるようになりました。実は一番成長しているその選手、持ち前の速さを武器に相手ゴールに迫る姿をまた見せてくれるはずです。

 持ち前のボディーバランスと他を圧倒する馬力の強さ、誰よりも豊富な運動量に味方の良い所を引き出す判断力で活躍するトップ下。先輩の試合にもよく出場していたこの選手は、今ではチームのバランス的にトップ下を任される。後輩とトラブルになっても、後輩の話に耳を傾け、改善に向けて努力する大人な面も培ってきた。部活動再開後、彼がゴールネットを揺らしチームを勝利へ導く日が来るのだろうか。今後の彼に期待を寄せる。

 今の2年生とともに入ってきて、ここまで支えてくれているマネージャー。部活動再開に向け、ずっと伸ばしてきた髪の毛をバッサリ切って気合十分。また新人戦に向け、チームを盛り上げ支えてくれること間違いなしです。

 こう見てみると、やはり2年生は成長したなあと感じます。1年生は入部してからあまり試合経験も積めず、出場も少ない選手もいますが、1年後はここで先輩たちと同じように報告できるかと思うと、楽しみです。今後、彼ら全員がどのような成長を見せてくれるのか期待してまた指導していこうと思います。

サッカー部 MUSANISTA #134 『 未完の大器 』

 「Jリーグ史上初2年連続得点王」「記者泣かせの寡黙な選手」「大食漢」「世界大会とは無縁の日本代表」「リーグ戦でシーズン最初のゴールを決めた相手はJ2に降格する(2007年から6シーズン連続)」「デスゴール」など、彼のことを表す言葉には絶えない。日本屈指のストライカー前田遼一選手です。高さ・技術・豊富な運動量に合わせ守高い守備意識も兼ね備えた万能型FW。彼もまた昨シーズンいっぱいでプロサッカー選手を引退されました。

 

”谷間の世代”と呼ばれて…あえて「暁星→ジュビロ」を選んだ”不器用な男”の21年間

 

 「谷間の世代は粘っこい」

 かつて阿部勇樹がこう語っていたことがあったが、そんな“谷間の世代”でまたひとり、現役引退が発表された。昨年末でFC岐阜との契約が満了していた前田遼一だ。世界大会はワールドユース出場のみ。2004年のアテネオリンピックも、2010年の南アフリカ大会も2014年のブラジル大会もワールドカップには出場していない。日本代表では33試合出場し10得点とあまり縁がなかったとも言える。高い技術力と戦術眼、サッカーセンスが前田遼一の持ち味だ。そして、黒子になることもいとわない献身性が彼の美徳だった。だからストライカーとしては地味な存在かもしれない。それでも、J1通算154得点は歴代5位(現在3位タイの中山雅史・興梠慎三には3点足りなかった)。ちなみに1位の大久保嘉人、2位の佐藤寿人と前田を含め、トップ5には3人の谷間の世代が君臨している。

【名門暁星→慶應ではなく、名門「ジュビロ磐田」へ】

 そうか、もう21年も前のことだったのか。前田を初めて取材したのは、ジュビロ磐田加入が決まっていた2000年1月、U-19日本代表合宿だった。東京の名門私立校暁星学園で育った彼は、少しおっとりとしていて落ち着いた少年だった。その年の高卒選手のなかで、もっとも多くのオファーが届いたという前田が、なぜ磐田を選んだのか? 慶應義塾大学への推薦入学が決まっていたとも聞いた。「ほんと変わっているよね。俺だったら、慶應を選んだよ」と磐田の先輩がさっそく前田をネタに軽口を叩いた(その先輩は名門大学を卒業後、磐田へ入っていた)。世間一般で言われるエリート街道ではなく、成功できるか分からないプロの世界へ身を投じたのは、さぞ、サッカー選手として大きな夢を抱いているからかと思えば、そういう話でもなかった。

 「磐田の練習に参加したら、うまい選手ばっかりで、すっごく楽しかったんですよ。サッカーをやるならここだと思って」当時はまだ強豪校とは言えなかった桐光学園を率いて、高校選手権準優勝に輝いた中村俊輔に前田は憧れていた。中村の高い技術力、ドリブルに魅かれただけでなく、自身もまた中村のように暁星学園高校をけん引し、選手権を勝ち進みたいと考えていた。だからときにはチームメイトに厳しく当たることもあったと、のちに振り返っている。前田自身はすでにU-18日本代表にも選ばれ、有名な存在だったが、結局一度も高校選手権には出場できなかった。彼が抱いていた渇きを埋めたのが、磐田での練習だったに違いない。けれど、プロの世界は甘くない。目を輝かせながら笑う18歳の前田に、あるJリーガーの話を告げた。

 「磐田の練習に参加した帰りの新幹線のなか、選手名鑑を見ながら自分と年齢の近いMFの顔ぶれを見て、磐田へ行っても試合に出るのは難しいと入団を断念したのが、中村俊輔なんですよ」すると前田は「だから楽しかったんですね」と答え、自分と同じポジションの先輩の名前を挙げながら、「なるほど」と納得顔を浮かべ、笑った。やはり楽しさが一番なのだろうとほほえましい気持ちになった。


【名門の厳しい言葉にも「こんなもんです」】

 当時の磐田は個性豊かな日本代表クラスの選手が揃い、強豪として君臨していた。試合になれば、ときに罵声も飛び交うチームの一員として、果たしてこの少年はやっていけるのか? 強い興味を抱いたことを覚えている。

「僕がシュートを外すと、周りの選手がみんな『アチャー』って感じでコケているんですよ。お笑い番組でコケているみたいな感じで」自分の失敗を、少し楽しそうに前田は話してくれたのは、磐田に加入して数カ月経ったときのことだ。

「遼一、俺のコース消すな!!」

「途中から出て来たのにすべてが中途半端で何がやりたいのかわからない」

「お前の視野はどれだけ小さいんだ」

 実際、前田には笑えないくらい厳しい言葉がチームメイトから発せられていた。それを彼はどう受け止めているのだろう。「ごめんなさいという感じですか?」と訊いてみたことがある。「ジュビロの先輩は試合になると鬼になる。怒鳴られても、ごめんなさいとは思わない。本当のことだから。へこんだりはしない。陰で言われるよりもずっといい。今はこんなもんですという感じ」さらりとそう言った前田は、他の若手とは違った。「自分はやれる」というような自信はまだなかったが、自分を信じる強い気持ちは厳しい現実のなかでも変わらなかったのだろう。前田が持つ図太い芯みたいなものは、百戦錬磨の先輩たちも見抜いていた。「あいつは俺たちにキツイことを言われてもへこたれたりしない。だから、俺らも厳しいことを言えるんだよ」と福西崇史が当時語っている。あの頃の磐田は、ピッチ上では強烈な厳しさが行き渡っていたけれど、チームの雰囲気は部活に近いものがあった。そんななかで、前田は「弟キャラ」としての存在を確立していく。しかし、MFとしての出番はほとんどなく、前田が定着したのは、中山雅史、高原直泰に続く、FWとしてのポジションだった。

 

【名ストライカーへ 進化の原点は“挫折”】
 「試合にもっと出場できるようにレンタル移籍を考えたこともあるけど、ジュビロで試合に出ることを目標にしたい。そこからは逃げたくない。今までも僕なりにがんばってきたけど、まだ足りないということを痛感している。先輩はみんなもっとがんばっているから」

 新人の前田が口にした「逃げない」という姿勢は、彼がプロとして生きるうえでの基盤となったように感じる。どんなに苦しい現実でも、それを解決できるのは、自分しかない。そのための悪戦苦闘が、成長を後押ししてくれるのだ。「FWだったのに、1点も取れなくて申し訳ない」

 2001年アルゼンチンで行われたFIFAワールドユース選手権(現U-20ワールドカップ)に出場したU-20日本代表で、前田は1トップでプレーしている。高い技術を持つ前田に、前線でボールを収め、攻撃の起点を作り出すゲームメイカーのような働きを期待したのだろう。しかし、阿部勇樹など主力と思われた選手が欠場したこともあり、最下位でのグループリーグ敗退を喫した。これが「谷間の世代」と呼ばれる彼らの原点となった。本来のMFではなく、FWで起用されたものの無得点だった自身を前田は責めた。しかし、思い返すと、このときに彼のストライカーとしてのキャリアがスタートしたのかもしれない。現に十数年後には、磐田だけでなく、日本代表としても活躍するFWに進化を果たす。

 

【「取材しづらい選手」と言われて】
 「今日、俺、そんなに良かったですかね?」得点を決めた試合後、多くの報道陣に囲まれた前田は、取材に応じながら、少し不満気だった。そして、最後にそっとそう告げた。確かにその試合の前田は運動量が乏しく、らしくはなかった。けれど、ゴールを決めて、チームに勝利をもたらしたのは事実だ。若いFWの活躍にメディアが騒ぐのも当然だった。けれど、前田はそれで良しとはできなかったのだ。自分に対してはいつも厳しい。そんな前田らしさは、20歳の頃からずっと変わらなかった。ゴールというわかりやすい結果で一喜一憂することはない。90分間何ができたのかが大事だった。チームに勝利をもたらす仕事をすることだけを考えていたように思う。その頑なさが、「取材しづらい選手」という印象を作っていったのかもしれない。

 2002年に右ひざを負傷し、長期離脱をして以降、身体のケアに余念がなかった。練習後には乳酸が溜まらないように黙々とジョギングを行い、クラブハウスで長い時間を過ごすようになる。まだ20代前半ながら、その気遣いはベテラン選手のようだった。中山をはじめ、ベテラン選手の多い磐田では手本となる選手は数多くいた。そして前田からは少年ぽさが消え、精悍さが強く漂うようになる。

 

【「強引さが足りないと言われることは多いけれど」】

 こうして、FWとして頭角を現し始めていた前田が否定されたのが、アテネオリンピック代表でのことだった。「前田はFWじゃない」と山本昌邦監督は語り、メンバー選考の最後の試合ではボランチで起用、結果、アテネ五輪代表に選出しなかった。ストライカーには「俺が」というエゴや強引さも必要だと言われるが、常にそれを否定する前田は、指揮官が考えるFW像とは違っていた。

 「強引さが足りないと言われることは多いけれど、チームよりも先に『自分』が来て、『俺が中心だ』というふうになるとむしろダメになる。そんなことが出来るのは、本当のスーパースターだけ」と、のちに34歳になった前田は話していた。自分に厳しい前田だが、チームメイトには優しい。2009年、2010年の2シーズン連続で得点王に輝いた年で、すでに磐田のエースストライカーとして、日本代表の常連にもなっていた時のこと。

 世代交代を経た磐田はなかなか思うような結果を生み出せず、両シーズンともに11位と低迷。若い選手たちのなかで、コンビネーションが悪く、前田が活きない試合も少なくなかった(それでも得点を重ねたことは評価に値する)。しかし、そんな試合のあと前田はいつもこう言った。

「まあ、そこがサッカーの楽しいところだと思うから」前田はいつも考えていたのだ。「サッカーはひとりではできない。だから面白い」と。2010年のナビスコカップで優勝。胴上げされる前田遼一©Takuya Sugiyama
「FWは周りに使われて、初めてゴールができる。パスが来なければ、シュートも打てないから。得点王を獲ったときもチームのなかでいかに動けるかを一番意識していた。良いクロスを入れてくれる選手がいて、僕自身も上手く動けたから、シュートチャンスが生まれただけのことなんです」

 

【「サッカーはひとりじゃできない」】

 “選手はチームの歯車であれ

 これは黄金時代の、かつての磐田の選手なら誰もが口にした言葉だ。誰もがチームのために戦わなければならない。そして、チームを構成する選手全員が共通意識を持つからこそ、歯車は回る。それを構築するには時間もかかる。だから、前田はオファーが届いても環境が変わることを懸念して、磐田に残留したのだろう。それでも「J1へ移籍できる最後のチャンス」と腹をくくり、2015年FC東京へ移籍を果たす。

 「移籍をして、サッカーはひとりじゃできないんだなと強く感じた。そして、ここでもまずはチームプレーを考える。組織の歯車になって、そのうえで、僕にしかできないことをやっていきたい」移籍加入時にこう語り、それが自身のプレーの幅が広がるきっかけになるだろうとも話した。

 

【ジュビロ磐田からFC東京へ】 
 そのFC東京からJ2のFC岐阜へ移籍し、J3でもプレーしたが、コンディション調整に苦慮し、怪我にも悩まされた。FC岐阜での1年目当初、シュート数とゴール数が同じという時期があった。精度100パーセントの理由は、試合を見れば一目瞭然だった。シュートチャンスがほとんどなかったのだ。

サッカーはひとりではできない前田の言葉が重く響いた。

 

【不器用で真っすぐなサッカー選手だった】
 引退の一報を受けて、真っ先に思い出したのは、若いころの彼の姿だった。

 それは21年もの時間が経過したにもかかわらず、前田の姿勢に大きな変化がないと確信したから。もちろん成長という変化はあったが、思い返せば返すほど、「やっぱり変わらないなぁ」と思わざるを得ない。そういう意味では不器用な人間だった。サッカーはあんなに巧いのに……。

 引退発表と合わせて、古巣磐田のU-18チームのコーチ就任もリリースされた。指導者としての第一歩を磐田で踏み出せるのは、前田にとっては幸運だろう。けれど、もう弟キャラではいられない。新しい覚悟が必要になる。

2021年 1月 NumberWeb(寺野典子氏)

 

「僕にプレーする機会を与えてくれたジュビロ磐田、FC東京、FC岐阜に関わる全ての皆さん、そして21年間僕を支え、応援してくれた全てのファン、サポーターの皆さん。皆さんのおかげで本当に幸せなサッカー人生でした!本当にどうもありがとうございました!
この度ジュビロ磐田で指導者としてのスタートをきるチャンスをいただくことができました!ゼロからのスタートになりますが、指導者としてこれから頑張っていきたいと思いますので、これからもよろしくお願いします!」

FC岐阜 HPより

サッカー部 MUSANISTA #133 『 新人戦に向けて 』

 新型コロナウイルスの感染対策で延長されていた新人戦の日程が、2/11(木)、14(日)、20(土)に決定しました。対戦相手は、初戦が秋季大会で敗戦を喫した「与野高校」、勝ち上がれば、グラウンドも近く昨年練習試合をしていただいた「埼玉栄高校」となっています。まだ、グラウンド、日時などは決まっていませんが、'FC MUSASHINO'も再開の日に向け、準備を進めています。生徒の方からも「テレビで試合を見ていたら、試合をしたくなってきた」という声や、「自主練で鍛えたので、試合で活躍する姿を見てほしい」という声も聞こえてきて、モチベーションの高まりを感じます。日々の「Self Training Note」を見ながら、再開の日に向けてアドバイスしつつ、再開の日を待ちたいと思います。
 新人戦が決まれば、大会2週間前から部活動が再開できます。初戦が2/11(木)に決まれば今週末金曜日から、2/14(日)に決まれば週明けの2/1(月)から活動することができることになります。
 思えば昨年末、冬休みに入ってから練習ができなくなりました。10日間練習ができず、新人戦開始の予定であった1/16(土)の2週間前にあたる1/4(月)に練習を再開。しかし、5日間練習したのみで1/8(金)には新人戦の延期が発表され、て再度部活動中止に。今回は、まるまる3週間の部活動中止を余儀なくされました。
 その中で、生徒には「Self Training Note」を課し、『新人戦は準備をしっかりとできたチームが勝つ』と話をしながら、自主トレーニングを指示してきました。生徒が「いまかいまか」と待っていた部活動再開ですが、スタッフの我々も「いつからできるのか」と楽しみにしておりました。大会が決まりましたので、何もなければ早ければ金曜日から、部活が再開できます。今までできなかった分、間が空いて感覚が鈍ってしまった分、急ピッチで新人戦に向け準備してまいります。


 昨年は人数が少なく8人で戦い、いい試合をしながらも残念ながら一勝も挙げられなかった新人戦。

 参考URL;
 https://om-h.spec.ed.jp/blogs/blog_entries/view/311/246abea7a481a3d499e4053bedc4f9c5?frame_id=283

 今年は部員が増え、11人揃って戦うことができます。「コンディションが悪かった」や「練習不足だった」という後悔がないよう、全力で準備してまいります。応援よろしくお願いします!

 

【連絡】
 今回の新人戦ですが、新型コロナウイルス感染予防のため、観戦・応援が認められていません。結果はHPでお知らせいたしますので、結果を楽しみにしていてください。いい結果をお伝えできるよう、選手・スタッフ一同全力を尽くしてまいります。よろしくお願いします。
 

 

サッカー部 MUSANISTA #132 『 川崎のバンディエラ part2 』

 

 “決断のスポーツ”サッカーでは、限られた時間の中で常に最善の選択を求められる。その重要なプレー選択の場面で、日本屈指の存在である司令塔、中村憲剛の目にはどんなビジョンが映っているのか――。

 一つのプレーを選択する際に考慮するファクターや行っている準備、選択する際の判断基準などを教えてくれた前編(part1)に続き、この後編では中村憲剛が外から見てプレーに優れていると感じる選手、そして状況に応じたプレー選択の切り替え方を、実際のプレー動画を通して解説。トップアスリートの思考回路をのぞいてみてほしい。

 

 

――海外サッカーにも詳しい憲剛さんから見て、決断力が優れていると感じる選手は誰でしょうか?

 「世界トップレベルの選手たちは、みんな凄いと思います。その中でも、自分のポジション柄、目が行くのは中盤の選手のプレー選択ですね。いろいろなことを考えながら、その瞬間瞬間でベストな決断をしているなと。名前を挙げるとしたら、バルセロナのブスケッツとか、レアル・マドリーのカセミロとかでしょうか」
――どちらもアンカーと呼ばれるポジションの選手ですね。プレースタイルとしては、そんなに派手なことをやるタイプじゃないと思うのですが。

 「ブスケッツこそが、バルセロナのサッカーの肝だと思います。何気ないパスなんだけど、2手、3手先まで考えて出しているんだというのがわかる。ブスケッツがパスを出した後に『あれはそういうことだったのか』となるのはよくあります。カセミロは余計なことはしないけど、それがいい。難しいパスも狙わないし、ボールをこねくり回すこともない。世界最高の選手たちが前線にいるんですから、あのチームにおけるベストな選択をしていると思います」

――誰もが気に留めないような、何気ないパスの選択によって、その先の展開が変わってくることもあると。

 「僕はやっぱりそっちのほうを見ちゃいます。ゴールが決まる決まらないだけじゃなくて、そこからの一手で相手がどう崩れるか。そういう見方をすると、サッカーは凄く面白くなるんじゃないかなと思います。ただ、FWの選手はそういう見方はしないんじゃないかな。だからストライカーの何が何でも自分で決めるという潔さみたいなのに憧れることもあります」

 

動画を見てプレーを分析する時には、笑顔の中にもまるでピッチに立っているかのような真剣な眼差しがのぞいていた


――そういう意味で、憲剛さんに見ていただきたいプレーがあります。J1第17節の阿部選手にアシストをしたシーンです。中盤で味方がボールを奪って、左サイドの憲剛さんにパスが出る。そこからドリブルで持ち込んで、GKと1対1でシュートを撃つと思ったら、ゴール前にパスを出しました。

https://www.youtube.com/watch?v=cNqGWT47u50

 「これはね、本当は自分で撃ちたかったんですよ」

――え、そうなんですか? 自分で撃てたけど、より確実性の高いパスを選んだのかなと思ったんですが。

 「もちろん、自分で撃つこともできました。でも、決まる確率が低いと思ったからパスを出したんです」

――どこで「自分でシュート」から「味方へのアシスト」へプレーの選択を変えたんでしょうか?

 「2つ目のタッチですね」

――2つ目、ですか?

 「よく見てもらうとわかるんですが、2つ目のタッチが微妙に外側にずれてしまってるんです。(動画を見ながら)ここ! 本当にわずかなんですけど。それでゴールに最短距離で向かえなくなってしまったんです」

――憲剛さんにしては珍しい。

 「こんなに全速力でドリブルすることがないので(笑)。ボールが向かって来た時は、ゴールに向かってドリブルをして、ファーにインサイドで流し込むようなイメージをしていたんですけどね。ただ、タッチがずれた瞬間にその選択肢は捨てました」
――映像を見る限りはシュートを撃とうとしているようにも見えます。

 「これは“フェイク”です。自分で撃てないんだったら、何をするのが一番ゴールに繋がる確率を高められるのか。ここで僕が最初からパスを狙っている感じだったら、GKや相手の選手は中に走り込んでいる阿部ちゃんのほうを警戒するはず。僕がシュートを撃つような雰囲気だったからGKは前に出て来たし、中のDFも僕が撃つと思っているからカバーをしようとするわけですから。自分のところに引きつけておくことで、阿部ちゃんがシュートを撃ちやすくなる」

――自分の思い通りのプレーができなかった時に、いかに次のプレー選択に切り替えられるかというのも重要ですね。

 「そうです。こういう技術的なミスもそうですし、相手が何をやってくるかも見ないといけない。最善の選択というのはどんどん変わっていきますから」

――試合展開によっても、最善の選択は変わりますか。

 「もちろん。基本的にはゴールに向かっていくという目的があって、そこから逆算してプレーを考えていくけど、それがすべてではない。例えば、チャレンジのパスを出すよりも、確実にパスを繋いで回した方が、相手にとっては嫌な時もありますよね。1-0で勝っていて、残り時間がもうないんだったら、パスを繋ぐよりも、とりあえずクリアしちゃった方が良いということもある」

――なるほど。

 「サッカーっていうのは、正解のないスポーツなので。時間帯によってもスコアによっても力関係によってもプレーの選択肢は変わってくる。大事なのは、どれだけ試合の状況を読んでプレーできるかだと思います」

――スコアや時間帯におけるプレーの選択ということで言えば、J1第3節・柏戦で、2-1とリードしていた70分に憲剛さんがドリブルをファウルで止められて、相手DFの中山雄太が1発退場になった場面が印象的です。そもそも、憲剛さんがああやってドリブルで仕掛けるのは珍しいですよね?

https://www.youtube.com/watch?v=_gwLQAUkvzA

 「あの時は、ポストプレーから良い形で抜け出して、僕が最前線でボールを持った状況になったんですよね。パスを出そうにも、自分の前には誰もいない。でも、相手陣内にスペースがあるし、DFは1人しかいないから、そこを抜ければビッグチャンスになるのは間違いない。どうしようかなと思いましたけど、股が空いているのも見えたから、思い切って仕掛けてみようと」

――あそこで退場に追い込んだことによって、柏の反撃のチャンスを摘んでしまった。ベテランらしい、老獪さを感じました。

 「僕が1番前にいるということは、自分の後ろには味方がたくさんいるということ。もしも失ったとしても、カウンターを食らう確率は低いですよね。だから、ある意味で失敗しても良いと思って仕掛けました」

――これまでのサッカー人生で、憲剛さんはどのぐらいの選択を下してきたんでしょうか?

 「どのぐらいだろう……。数え切れないでしょうね。1試合に何回決断をしているのかもわからないですし。サッカーって、自由だし、何をやってもいいじゃないですか。だからこそ選択って重要だし、それこそがサッカーの醍醐味なんじゃないかなと思います」

 2017年 9月 footballistaより

サッカー部 MUSANISTA #131 『 外に目を向けてみれば 』

 新型コロナウイルスの感染拡大がとどまるところを知らず、東京オリンピックはどうなるのか、様々な憶測が飛び交う中でこんなニュースが飛び込んできた。


「日本政府が東京五輪・パラの中止と結論」と英紙報道 2032年の開催目指す?
 
 【ジュネーブ共同】英紙タイムズ(電子版)は21日、今夏の東京五輪・パラリンピックを巡り、新型コロナウイルスの影響で「日本政府が中止せざるを得ないと内々に結論付けた」と報じた。
 「日本、コロナのせいで五輪脱出を模索」と題した東京発の記事。連立与党幹部の話として「既に1年延期された大会は絶望的だとの認識で一致している。今は次に可能な2032年大会の開催を確保することに焦点が当てられている」と伝えた。
 「誰も最初に言いたがらないが(開催は)難しすぎるというのが一致した意見」との情報筋の談話を紹介し、国際オリンピック委員会(IOC)と日本政府が表向きには五輪開催は可能と主張しているとした。
 大会組織委員会は英紙タイムズの報道について「政府、東京都、組織委、IOC、国際パラリンピック委員会(IPC)など全ての関係機関が、今年の夏の大会開催に完全に注力している。今夏の安全で安心な大会開催実現に向け、関係団体と緊密に連携し、準備に尽力する」とのコメントを発表した。

出典;東京新聞Web
https://www.tokyo-np.co.jp/article/81382


 実際にはどのような話になっているか、どのようになっていくか分からないが、大切なのはオリンピックが開催できるかどうかではなく、まずは新型コロナウイルス感染症終息に向け、精一杯努力できるかではないだろうか。近日は、こんなニュースも耳にする。


東京で新型コロナ変異種の市中感染か 英国滞在歴のない10歳未満女児

 厚生労働省は22日、東京都の10歳未満の女児が英国で拡大している新型コロナウイルスの変異種に感染したのを確認したと発表した。英国滞在歴はない上、滞在歴がある人との接触も確認できておらず、同省は「市中感染の可能性がある」として感染経路を調べている。
 ただし、これまで解析した都内の1400以上の検体からほかに変異種感染例が見つかっていないことから、厚労省の担当者は「面的に感染が広がっているとは考えていない」と述べた。
 女児に症状はないが、現在は都内の医療機関に入院している。
 このほか厚労省は、10日に英国から入国した30代女性の変異種感染も確認したと発表した。女性は13日に発症し、都内の医療機関に入院している。(共同)

出典;東京新聞Web
https://www.tokyo-np.co.jp/article/81498


 変異種が市中感染をしているかもしれないこの状況では、「自分が感染する可能性は低い」などと油断するのはやめて、「誰かが感染したらこの状況が長引いてしまう」「早くこの状況を収束させよう」とすべての人が自覚を持たなければならないと考える。
 第1波のとき、日の新型コロナウイルス陽性者は一桁まで少なくなった。緊急事態宣言の解除は「東京の一日の陽性者が500人未満」になるのが一つの指針のようだが、緊急事態宣言が解除されるのはいつの日になるのか。解除されたとして、その後の新型コロナウイルスの動向はどうなるのか。第4波が来るのか。これからも長い戦いになることを覚悟して、過ごしていかなければならない。

 

サッカー部 MUSANISTA #130 『 川崎のバンディエラ part1 』

 

 

 2021年元旦、天皇杯決勝戦。新国立競技場で行われた川崎フロンターレvsガンバ大阪の試合をもって18年間のプロサッカー選手にピリオドを打った中村憲剛選手です。紛れもなく日本を代表をする司令塔のひとりだと思います。正確なキックから繰り広げられる数々のスルーパス。試合を決定づける得点力。誰よりもピッチの上を走り回る豊富な運動量。チームを支える精神的強さ。ゴールパフォーマンスに見られるようなファンを楽しませるユーモアのセンス。誰からも愛され、フロンターレを誰よりも愛した「川崎のBKB(ボク カワサキの バンディエラ)」。今シーズンから中村選手のプレーをJリーグで見られなくなってしまうのは、本当に残念です。その中村選手が4年前にfootballista(雑誌)のインタビューにこのように答えていました。

 

——今回のインタビューでは中村憲剛が試合中にどんなことを考えながら、プレーを決断しているのかというのを聞きたいと思っています。試合中、実際に1本のパスを通したりシュートをするという時、どのぐらいの選択肢を持ちながらプレーしているものなんでしょうか?

 「それこそ、無数にしようと思えばできるんです。そこは難しいんですよね。開始直後なのかそれとも終盤なのか、勝っているのか負けているのか、(自分のいる)ゾーンはどこなのか……によって全部変わってくるので。ただ一つだけ、(選択肢が)1個だけにはしないようにしています。なるべく“決め打ち”はしたくないので、常に2、3個ぐらいは持っておくようにはしてますね」

——“決め打ち”というのは、「これをやろう」と最初から決めておくこと?

 「そうです。それをやってしまうと、ダメだった時に時間がかかってしまうので。ただ、ゴール前とかでは別です。ペナルティエリアの中でパスをもらった時は決め打ちすることもありますね」

——でも、基本的には2、3個ぐらいは用意していると。

 「そうです。相手がこちらの選択肢を消してきたとしても、それを上回れるように」

——ということは、一見何気なく出しているように見えるパスも、いくつか想定していたプランの中から選んでいる、という感覚なのでしょうか?

 「そういう時もありますし、ゲームの流れ、チームのボールの流れを止めないために、(プランにはなかったけれど)はたいて動かすこともあります。一番はゴールに向かうことだから。そこから逆算してプレーしないといけない」

——最短距離でゴールに向かう、というのがファーストチョイスとしてあって、それ以外の案も持っているということでしょうか?

 「そうですね。例えば、本当は(自分が)行きたいところにいる相手を移動させるために、あえてパスを出して動かしておいてそこに入っていく、みたいな。自分も意思があって相手にも意思があるので、それをうまくコントロールしながら、自分の突きたいスペースをあける。もちろん、いつも狙い通りにいくわけではないですけどね」

——なるほど。自分の理想の形に持っていくために、相手を動かすという選択肢があるわけですね。

 「僕がパスを出す時に、『こっちに出せ』とパスを受けた選手に『あっちが空いてる』とかやってるじゃないですか。それはもう次のプレーのイメージができていて、そこに入った瞬間に動き出す。ただ実際には、ちょっと(パスが)ズレて動き出せなくなって、それで選択を変えたり、動き方を変えたり。本当にちょっとのズレで局面はまったく変わってしまうので、そこはもう常に修正と選択の連続ですね」

——正しい選択をするためにやっていることはありますか?

 「それこそ試合前から、相手はどういうシステムで、どういうスタイルで、どんな特徴の選手がいるのかというのは頭に入れておきます。僕もキャリアは長いので、Jリーグの選手であればだいたいの特徴はわかりますから。そこで、どこを狙っていこうかと考えておきます」

——チームでスカウティングをやるだけじゃなくて、個人でもスカウティングをしていると。

 「僕以外にもやっている選手はたくさんいると思いますけどね。あとは、その情報を試合が始まってからアップデートしていく。前から奪いに来ているのか、ブロックを作ろうとしているのか。自分とマッチアップする選手がいたら、密着してくるのか、それとも距離を取ってくるのか」

 ——プレー中はめまぐるしく状況が変わっていくと思うのですが、どうやって把握しているのでしょうか?

 「ボールを持ってない時だったら、プレッシャーも何もないからいくらでも見られるじゃないですか」

——サラッと「いくらでも見られる」と言っていますが、普通の人には理解できない世界だと思うんですが……。それは憲剛さんが特別な才能があるからできるんでしょうか?

 「訓練次第でできるようになると思います。僕がずっとやっていたのが、遠くを見るようにすることです」

——「遠く」というのは具体的に言うと?

 「例えば、ピッチの真ん中にいるとしたら最終ライン、右サイドにいるとしたら左サイドの奥の方とか。そうやって遠くを見ておくと、自然と手前の方も見えるようになってくるんです。だから、パスをもらってサイドチェンジをしようかなと思って、そこがふさがれていたら一つ手前の空いているところにパスを出そうとか、そういうことができるようになる」

——それ、誰にでもできることじゃないと思います。

 「若くてもできるような選手はいるし、それはセンスだと思います。僕の場合は培ってきたというか、普段からそういう風にやろうとしていて、だんだん見えてきたという感じです。最初は遠くに蹴られるようになりたいなと思って、遠くを見るようにしていたら、だんだん見られるようになってきたというか

——それがいわゆる「視野の広さ」の正体なんでしょうか。

 「そうなのかもしれないですね」

——たまに、GKが出ている時にハーフウェイラインあたりからゴールを狙う選手がいますよね。

 「それはあんまりやらないですね。だって……ほとんど入らないでしょ(笑)。自分は、わざわざボールを失いたくない、正確にやりたいなというタイプなので」

——今はこうやって言葉にしてもらっていますが、試合中はそこまで考える時間はあるものなんでしょか?

 「う~ん。本当に瞬間的な判断だと思います。実際の時間からすると0.1秒とか0.2秒くらい。でも、自分としては、その時間の中でけっこう見えているという感覚はあります」

——0.1秒しかないのに、憲剛さんの中ではもっと長く感じる、と。

 「そうですね」

——ではここからは、憲剛さんがどのようにプレーを選択するのか、実際のシーンを見ながら解説していただきたいと思います。J1 2017年 第13節・浦和戦で阿部浩之選手に出したスルーパスです。

https://www.youtube.com/watch?v=egG08xRQDls

——このプレーを見てまず思ったのが、「いつ見てたの?」ってことなんです。だって、相手ゴールに背中を向けた状態で振り向きざまにワンタッチで出してるんですよ。ちょっと信じられない。

 「エドゥ(アルド)がボールを奪って、リョウタ(大島僚太)に出す。確か、その出す前に1回チラッと見たはず……(動画を見ながら)ここ! そこで、まず相手の最終ラインがどんな感じで、自分に来る選手がいるかを確認して。(動画を見ながら)ストップ! この時はリョウタに『こい、こい、こい!』って言ってます。自分の周りに(相手の選手が)いないのがわかっていたから、パスが来れば裏へ出せるチャンスがあるなと。それでパスが出た後に、前の状況がどうなっているかを見るために首を振ったら、阿部(浩之)ちゃんが相手CB2人の間に斜めに走り込んでいた。この時に、パスを出してシュートを打つっていう1秒後の絵が見えたんです。あとは僕がちゃんとパスを出すだけでした」

——会心の決断だったわけですね。

 「そうですね。本当に自分の思い通りでした。この試合の後に『あの1本で今日の仕事は終わった』って言ってましたからね」

——ちなみに他にも選択肢はあったんでしょうか?

 「最初はたくさん選択肢がありますけど、『自分にマークが来てない』→『DFラインの間が空いている』→『そこにFWが走りこんで来ている』と絞っていったイメージです。最終的にはゴールに行けると思っていたから、自信を持ってプレーを選びました」

——こういう、相手ゴールに向かってダイレクトにパスを出すのは、憲剛さんの得意技ですよね。

 「そうですね。だって、楽じゃないですか。1本のパスで点が取れるんだったら、それが一番いい。だけど、相手だってそこは警戒してくるので、簡単には通させてはくれない。だから横パスを出して揺さぶったりすることが必要になってくるんです」

——パスが通らなさそうだなと思っても出すことはあるんですか?

 「昔はダメそうかなと思っても出すことはありました。前の方に1人でシュートまで持っていけるジュニーニョのような選手がいた時は、その方が良い結果に繋がることが多かったんです。ただ、今は(成功確率が)フィフティフィフティでは出さない。それは(受ける選手の)能力が低いというわけじゃなくて、チームとしての方向性と言うか。オニさん(鬼木監督)は『出していい』って言ってくれているんですけど、より正確にやる方がいい、って30歳過ぎて自分の中で考え方が変わってきているので。逆に言えば、自分の中で『通せる』と思ってやっている。決して博打じゃないんです」

——パスを出す選手のキャラクターによって、プレーの選択肢も変わってくる?

 「全然変わってきます。例えば、さっきの阿部ちゃんへのパスの場面でも、もし足は速いけど、技術はあんまりないタイプの選手だとしたら、足下にピタッと出すのではなく、もっとスペースに走らせるようなボールにしていたと思います。阿部ちゃんの場合は、スピードを上げた状態でも確実にボールを止められるというのがわかっていたので、足下に出してあげるのが一番良いだろうと。そうやっていろいろな要素を頭に入れて決断をしています」

——1本のプレーに、ものすごい思考プロセスがあるんですね。

 「まぁ、後からだったら、いくらでも言えますから(笑)」

part2へ続く(次々回)➤

サッカー部 MUSANISTA #129 『 FCとSCの違い 』

 大宮武蔵野高校サッカー部の通称は'FC MUSASHINO'だ。顧問の阿部は、この'FC'についてこだわりがあると、昔言っていた。FC(フットボールクラブ)とSC(サッカークラブ)は、今ではほぼ同じような使われ方をしている。その違いをあえて挙げるとすれば、そのルーツだろう。

 フットボールは、Wikipediaによると、

『フットボール(英: football)は、チームスポーツの一群。程度の差はあるが、得点するために指定された相手陣地のゴールにボールを蹴り込む要素を含むチームスポーツの総称である。また、通常「フットボール」と呼ぶ場合、その地域で最も人気のあるフットボールの競技を意味する。日本で最も人気があるフットボールはサッカーであるが、サッカーを示すために単体でフットボールという用語はあまり使われずに、サッカーと呼ばれる。』

とある。ではなぜ、大宮武蔵野高校サッカー部があえて'FC'を使うのか。それは、その歴史にある。Wikipediaの「近代フットボールの確立」という項目には、

『フットボールは様々な形でブリテンの至るところで行われ続けていたが、パブリックスクール(その他の国での私立学校にあたる)は近代フットボール起こったことで広く認められている。まず初めは、パブリックスクールでそれまでの「群集」によるフットボールが、整理されたチームスポーツへと変化したことである。2つ目は、フットボールに関する初期の説明や言及の多くが、これらのパブリックスクールで学んでいた人物によって記録されたことである。3つ目は、パブリックスクールの教師、生徒、卒業生が、出身校間でフットボールの試合を行うことが出来るように、初めてフットボールの規則を法典化したことである。最後は、これらのパブリックスクールが初めて「キッキング」と「ランニング」(あるいは「キャリング」)を明確に分けたことである。』

さらに、
『イングランドのパブリックスクールでは、初めてフットボールの規則が法典化された。特に、18世紀末に彼らは初めてオフサイドルールを発明した。最も初期のこれらのルールでは、選手はボールと相手側のゴールの間にいる時は単純に「オフサイド off their side」とされた。選手は、足であろうと手であろうと前方にボールをパスすることは許されなかった。前方にボールを進める方法は足でドリブルするか、「スクラム」あるいは同様の「フォーメーション」の中で進めるかしかなかった。しかしながら、オフサイドルールはそれぞれのスクールで別に分化・発展していった。』

とある。この当時の「フットボール」は、手を使うことができ、いわゆる今日の「ラグビーフットボール」に近いものであったそうだ。現在でも、日本で「フットボール」といえばサッカーのことを指すが、アメリカ合衆国では、ほぼアメリカン・フットボールを意味し、カナダでは カナディアン・フットボールも表し、オーストラリアでは、地域によってラグビーまたはオーストラリアン・ルールズ・フットボールを表すそうである。

出典;Webページ『Wikipedia(フットボール)』の一部を抜粋
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%83%AB

 一方で、サッカーは、顧問の阿部に言わせると、「ブラジルのような速いパス回しやコンビネーション、個人技」が頭の中に浮かんでくるのだそう。ブラジルでは、子供のころから、道端でボールを蹴っては個人技を磨いていくイメージがある。遊びの中からボールタッチ、コンビネーションを磨くからこそ、将来ピッチに立った時に他の人には考え付かないプレーが見えてくることもある。また、国際的にはサッカーのことをFootballと表わす方が一般的である。そうでなければFIFA(Fédération Internationale de Football Association)も”FISA”になっていたはずだ。

 'FC MUSASHINO'が'FC'を用いるのは、サッカーのイメージのような「きれいな」「うまい」プレーを否定はしていないが、その中にもサッカーの源流であるラグビーのような「泥臭い」「身体をぶつけ合う」プレーを忘れてほしくないという気持ちが込められているからである。

(実は、顧問の阿部はもともとラグビーをやっていたそうです。ラグビーで役立つキックを身につけるためサッカーを始めたのですが、サッカーに魅了されサッカー1本で続けていくことに決めたそうです。そんなこともあり、今でもラグビーに近しい意味の「フットボール」という言葉を好んで使うそうです。)

 <FCを使用するチーム>

FCバルセロナ/FCバイエルンミュンヘン/アーセナルFC/リバープールFC/パリセンジェルマンFC/FCナント/セルティックFC/マンチェスターユナイテッドFC/マンチェスターシティーFC/ユベントスFC/FCインテルナツィオナーレミラノ/セビージャFC/FCシャルケ04/サンパウロFC/サントスFC/明和FC(キャプテン翼)など

<SCを使用するチーム>

SCインテルナシオナル/SCコリンチャンス/SCフライブルク/SCラインドルフアルタッハ/ポルティモネンセSC/SCブラガ/SCファレンセ/SCオリャネンセ/SCフェーレンヘーン/SCカンブール/SCバスティア/シャルルロワSC/南葛SC(キャプテン翼)など

サッカー部 MUSANISTA #128 『 愚直な闘将 』

 

 この険しい表情のサッカー選手をご存知ですか。私が大好きなサッカー選手のひとり、小笠原満男選手です。2018年シーズンで21年間に渡るプロサッカー選手を引退されてしまいましたが、日本サッカー界においては「黄金世代」と呼ばれる年代のひとりで鹿島アントラーズ黄金期を築き上げた選手です。小笠原選手と言えば、個人的にはやはり2001年シーズンのチャンピオンシップ。ジュビロ磐田との第2戦で90分間を戦い両チームとも0-0のまま延長戦に。当時の延長戦はゴールデンゴール方式(前後半を戦わずとも先に得点したチームの勝利)で行われていましたが、延長前半10分に決めた決勝ゴールの直接FKは、20年が経った今でも鮮明に覚えています。

 私が小笠原選手のことが好きな理由は、華麗な技術だけではありません。別の面にあります。次の文章は2019年1月にNumber Webに掲載されたもので、小笠原選手が小笠原選手である所以がよく表れています。以前のブログで「偉大な先人から見習うべきは、華麗なプレーだけではない」と書かせてもらいましたが、小笠原選手からも見習うことは沢山あると思います。

 

 

ー小笠原満男はいつも正直だった。悔しさを胸に戦い続けた男の引退。ー

◇職人のような人間臭さ。

 天邪鬼ともちょっと違う(その一面もあるかもしれないが)。勝つための仕事ができなかったときは、何を言っても言い訳になってしまうと考えている。だから、そういうときは話したくはない。逆に手放しに称賛されても自分が納得できていなければ、無邪気に受け入れることはできない。そんな小笠原に対して、「プロとしてどうなのか?」という声もあったのは事実だ。確かにそうかもしれない。

 それでも、私は昔かたぎの職人のような彼の人間臭さが好きだった。サッカー選手として誠心誠意ピッチ上での仕事と向き合う。だから、仲間たちからの信頼は厚い。対戦相手からすれば、手強く、悪役のような存在になったのも、自分の仲間、クラブへの忠誠心と勝利への貪欲さゆえ。そのことを改めて痛感する、そんな引退会見だった。

◇ベンチ外続きで「最後だな」。

 「自分がピッチに立って勝ちたいという想いがすごく強いので、それができなくなったときは、やめるときだと決めていた。だから、引退を決断するうえで、葛藤はなかったです。今季(2018年シーズン)ベンチ外が続いたときに、なんとなく、最後だなという気持ちが徐々に芽生えてきた。もちろん、その日が来ないように、少しでも長く頑張るという気持ちでやってきましたけど。シーズン終盤に試合で使ってもらえる機会も増えたんですけど、正直それは、同じポジションの選手が怪我をしたり、出場停止だったから。それなら若い選手、これからの選手が出るべき。アントラーズが強くなっていくために、自分が身を引くときがきたなと。膝の怪我が原因で引退を決めたという報道がありましたが、それは事実ではなくて、練習もしていたし、試合に出る準備はしていたけれど、出られなくなったから」

 8月中旬からリーグ戦6試合連続でベンチ外が続いた。ACLを勝ち進んで過密日程が続くなか、小笠原の心のなかに「引退」の文字が浮かんだのだろう。

◇中田、柳沢、本田の姿。

 しかしその胸の内を誰かに相談することはなかったという。そんな彼を支えたのはかつてクラブに所属したOBたちの姿だった。

「自分がいざ辞めるとなったときに、すごく感じたのは、偉大なOBの方々が最後までこのチームでやり遂げたという姿を見てきたので、自分もそれをするべきだと思いました。自分がなかなか試合に出られなくなって、ベンチから外れることもあったときに感じたのは、中田浩二の姿であり、柳沢(敦)さんや本田(泰人)さんの姿でした。中田浩二は最後のシーズン、なかなか出場機会がなかったけど、練習を1日も休むことなく、最後の最後までやったのを見ていたので、自分もそうすべきだと。もちろん悔しさもあるけれど、自分の気持ちとは関係なく、チームのためにやるというのは、最後の最後までやり通したかった。(大岩)剛さんには『特別扱いはしないでほしい』ということをずっと言ってきた。(現役時代から)剛さんの背中を見てきたこともあるし、剛さんだから我慢できたこともありました。本当に感謝しかない」

◇偉大なOBを真似しただけ。

 鹿島アントラーズに加入して以降、ずっと先輩たちの背中を見ながら成長してきた。最後も同じだったのだろう。

 「自分がやってきたことというのは、偉大なOBたちの真似をしてきただけなので。いいときも悪いときもどういう振る舞いをすべきかというのを、先輩たちから見て学んできた。OBたちが素晴らしかっただけで、自分が誇れることはない」

 出場機会を失ったベテランが他クラブへ移籍することは特別なことではない。鹿島アントラーズでも秋田豊や柳沢敦をはじめ、新天地へ挑戦した選手は多い。しかし、他クラブへ移籍して、プレーするという選択肢は小笠原にはなかったという。「他のクラブでやりたいというのは、まったく思わなかった。やっぱりここで、勝ってきたのが面白いし、タイトルを獲ってきたのがやり甲斐だった。他のチームでやるよりも、違う形でチームに恩返ししたいという気持ちが強くなった」

◇ゴールよりもPK失敗の記憶。

 そして、引退会見ではお馴染みの「記憶に残るゴールは?」という質問に対する答えが、まさに小笠原の本質を表現していた。

 「ゴールではないのですが、ナビスコカップ決勝のPK戦で僕がキーパーに止められ、失ったタイトルの印象が強く残っている。自分のインサイドキックのミスで負けてしまい、いろんな人の想いやいろんなことすべてが変わってしまった。ジーコからずっと、『PK戦は運ではなく、120分、90分間戦い抜いて、ボロボロの足の状態でも狙ったところに強いボールを蹴らなくちゃいけない。だから、練習でのインサイドキック1本でも真剣に蹴らなくちゃいけない』とずっと言われていた。それを身をもって感じました。練習から意識してやっていかなくちゃいけないし、クラブW杯でも思ったんですけど、止めて蹴るというのは、すごく大事だし、その精度をあげていかなくちゃいけない。なんとなくやった“止めて蹴る”と、高い意識でやるのとでは、だいぶ差がついてくると思うので」

 1999年のナビスコカップ決勝の柏戦でのPK戦。最後のキッカーだった小笠原のキックが止められて敗れた。その悔いをずっと背負い戦ってきたのだろう。

◇W杯予選での決勝ゴールも…。

 そして、ジーコジャパンを救ったとも言われるワールドカップドイツ大会アジア最終予選バーレーン戦での決勝弾についても「あれは小野伸二のゴール」と言い切った。

 「思い出深いゴールではありますけど、ずっとレギュラーだった伸二が直前に怪我をしての出場だった。自分としては複雑な想いがありました。伸二はいつか追いつき、追い越したいと思い続けてきた選手。その選手の怪我で代わりに出るというのは、思うところはあるんですけど、伸二は『ミツ、頑張れよ』と言ってくれた。悔しかったと思うんですけど。だからあれは、本来なら伸二が決めるゴールだったと思う。小野伸二の魂が宿りました。それだけ伸二には思い入れがあるので、頑張ってほしいですね」ゴールデンエイジと言われる1979年生まれの小笠原。1995年のU-17世界選手権メンバーでもあったが、彼の前には常に小野をはじめ、稲本潤一や酒井友之、そして中田浩二、本山雅志などのライバルたちがいた。1999年ワールドユース(現U-20W杯)の準優勝メンバーではあるけれど、2000年のシドニー五輪はメンバー外だった。日本代表でも中田英寿や中村俊輔など、ライバルをあげればキリがない。「彼らに負けられないという想いでやってきたので、彼ら、ライバルの存在が僕のモチベーションでした。そういう人達から、学ぶこともいっぱいあった。同期の曽ヶ端、本山、中田浩二や他クラブなら伸二や稲本の存在は大きいし、そういう人と一緒にやれたのは幸せなことでした」

◇逃したタイトルが何十個も。

 そんな小笠原にとって公式戦ラストマッチとなったのが、クラブW杯3位決定戦、リーベルプレート戦。2点差をつけられた76分、小笠原は内田篤人に代わりピッチに立った。

「最後の試合という特別な想いはなく、ただ、なんとか点をとって、勝ちたかった。やっぱり、最後にクラブW杯に優勝して終わりたかったので、悔しかった。でも、そういう想いで終わるのも自分らしいのかなって。悔いだらけです。獲ったタイトルもあるけど、獲れなかったタイトルが何十個もあるので。今年に限っていっても、ACLは獲れましたけど、ルヴァンも取れなかったし、JリーグもクラブW杯も取れなかったし。悔いばっかりです。代表でも悔しい想いをいっぱいしたし。自分の人生は悔しい、悔しいの連続で、ライバルもいたし、負けたくない、そういう想いで突っ走ってきたなって思います」

 11月のACL決勝戦前後に組まれたJリーグ対セレッソ大阪戦と、柏レイソル戦に小笠原は先発し、控え組の若い選手を率いて2連勝と、決勝戦へ挑むチームをあと押ししている。「あのとき、まだやれるという想いは芽生えませんでしたか?」と訊いた。「そういう変な感情はなかった。今だからこそ言うけれど、正直ACLに出たかった。それは僕だけじゃなくて、若い選手たちもそうだと思う。そう思うべきだし。でも、与えられたJリーグの試合で、今までベンチ外で一緒に練習した若い選手たちといっしょに戦って、やっぱり勝たせてあげたかった。彼らがどう思っているかわからないけれど、ピッチに立つこと、そこに立って勝つということを示したかった。そこで勝てたというのは、チームの財産になるのかなって思うし、みんなで勝つことができて良かったですけど、本音はACL決勝に出たかったです」果たした任務の達成感以上に、悔しさがまた募っただけだった。

◇印象的だった鋭い瞳。

 鹿島に加入した直後も、U-19の合宿でも、小笠原はにぎやかな選手たちを少し離れた場所で見つめている東北出身の寡黙な少年だった。印象的なのはその鋭い瞳だ。

 ピッチに立てばギラギラとするのだろうが、なにかを射抜くような瞳は、油断とは無縁の飢えた獣のように見えることもあった。そんな少年は、いつしかクラブの大黒柱に成長した。寡黙さは相変わらずなのかもしれないが、チームの中心に立つ太い柱となり、鹿島アントラーズの25年間を繋いだ。

 現役引退会見で、獲れたタイトルの数よりも獲れなかったタイトルの数を数える。それが小笠原満男だ。だから、彼はたくさんの勝ち点を奪い獲り、タイトルを手にしたのだろう。

◇みんなで喜ぶ瞬間こそ幸せ。

「鹿島アントラーズの全部が好きですね。しいて言えば勝ちにこだわり、みんながひとつになって、タイトルへ向かうところ。そこがすごく好きです。、何よりもタイトルを獲って、みんなで抱き合い喜ぶあの瞬間が、一番報われるときで、幸せを感じる瞬間なので。絶対にこのチームはタイトルを獲り続けなくちゃいけない。だから、普通のチームになっちゃいけないと思う。ずっとタイトルを獲り続けて、強くなってきたチーム。急に強くなったわけじゃないし。いろんなものを積み重ねてここまで来た。今後もタイトルを獲って、どんどん積み重ねてほしいから。今度は違う形でそれに関わりたい」

 悔しさを笑顔でごまかすことはしない。悔しいという想いをポジティブな力に変えてきた。勝利にこだわり、球際での強さを発揮できるのは、鹿島アントラーズへの忠誠心とクラブ関係者、サポーター、仲間に対する誠意の表れだ。そして、自身の飢えを埋めるためなのだろう。

 現役を引退し、立場が変わっても、勝利への渇望はこれからも続いていくに違いない。

2019年1月8日 Number Web(寺野典子氏)記事より

 

サッカー部 MUSANISTA #127 『 サッカーの雑学』

 今日はサッカーの雑学について、少しご紹介しようと思います。

〇サッカーの試合はなぜ90分なのか
 サッカーの試合時間が90分と決められたのは、イギリスでサッカーの選手権大会(FAカップ)がはじめて開催された1871年のことだそうです。それまでは、双方の合意で決めたりしており、延々三時間も続いたり、どちらかが勝つまで延長戦を繰り返したりということがあったそうです。この大会が90分と決まった以降は、それ以降の変更もなく、今日に至っています。
 ちなみに、当時はロスタイムはなく、何があろうと試合は90分ちょうどで終わったそうです。たとえば、1対0で負けていたチームが、終了間際に、ペナルティキックのチャンスを得たとしても、ボールを取りに行っているうちに時間が過ぎたら試合終了だということです。こんなことがじっさい1891年の試合であり、そこからロスタイムは採用されるようになりました。

〇サッカーのスローインは、なぜ両手でやるのか
 サッカーでは、ボールがタッチを割ると、両手でボールを投げ入れて競技を再開します。これが「スローイン」ですが、当初、このスローインは、両手ではなく片手投げでした。これが両手になったのは、1882年のこと。イギリスのウィリアム・ガンという強肩の選手の登場で、ルールが改正されたのです。クリケットの選手でもあったガンは、片手投げで60ヤード(約54メートル)もボールを投げることができました。こうなると、肩の強い選手がいるチームにとって、スローインは強力な攻撃の武器になります。なにせ当時は、スローインから直接ゴールを狙うこともできたのですから。しかし、こんな点の取り方が可能では、もはやサッカーではなくなってしまいます。かくして、スローインの攻撃性を弱めるために両手で投げ入れるルールが採用されたのです。ちなみに、現在のルールでは、「スローインから直接ゴールに入った際の得点」は認められていません。
 また、今回の全国高校サッカー選手権では、SNS上でロングスローを巡る論争が話題となりました。スローインを文字通り放り込むパワープレーが議論の的となりました。今後どのような戦術や対応が生まれてくるのか楽しみですね。

〇なぜ「サイドライン」ではなくて「タッチライン」と呼ぶのか
 サッカーやラグビーでは、ピッチの横のラインを「サイドライン」といわずに「タッチライン」と呼びます。何かに触れているわけでもないのに、なぜ「タッチ」というのでしょうか?その由来は、19世紀半ば、イギリスのパブリックスクールで、サッカーの原型となるフットボールが盛んにおこなわれていた時代にさかのぼります。当時は、ボールがサイドラインの外に出てしまったときは、外に出たボールを、誰よりも早くタッチした選手がスローインの権利を得ていたそうです。そんなことから、ラインの外側を「タッチエリア」と呼び、ピッチとの境界線を「タッチライン」というようになったそうです。

 出典;Webサイト『雑学トリビア王』より
https://m-mom.net/archives/1451
https://m-mom.net/archives/1453
https://m-mom.net/archives/1455

 

〇サッカーボールはなぜ白黒になったのか
 もともと、サッカーボールは革で作ってあることが多く、茶色であったことが多かったそうです。現在の白黒のサッカーボールになったのは、1968年のメキシコオリンピックからで、TVの普及が原因だそうです。当時のTVは白黒で、茶色一色のサッカーボールでは、白一色になり見えにくいという事態が起こってしまったんだそう。白い色を多めにすることで黒色が浮いて立体的に見えるのでTVでも見やすくなりました。また、「回転が見やすい」とか、「土のグランドでも見やすい」という理由も、白黒のサッカーボールが普及する原因になったそうです。

出典;Webサイト『Activeる!』より
https://activel.jp/football/PqKav

 

 サッカーの雑学、歴史に触れてみると、サッカーというスポーツに対して新鮮な目で見ることができますね。再度、サッカー部が開始できる日を楽しみに、その日を待ちたいと思います。

サッカー部 MUSANISTA #126(#118) 『 虚実 』

 皆さんは、「虚構新聞」の存在をご存知ですか。2004年から始まりもう20年近く続いているものですが、実際にありそうで実は存在しないネタをニュースとして掲載している個人運営のテキストサイトです。その趣旨は「読者にクスッと笑ってもらいたい」という思いからだそうですが、最近では、見出しから「明らかに虚構だ」とわかるように工夫をして、誤解を生まないようにしているといいます。たとえば、こんな感じです。

 

ー 漢字「傘」など使用自粛要請を検討 社会的距離を確保できず ー 2020年4月10日 記事

新 型 コ ロ ナ ウ イ ル ス 感 染 対 策 と し て 、 「 傘 」 や 「 卒 」 な ど 一 部 の 漢 字 に つ い て 、 政 府 が 使 用 自 粛 の 要 請 を 検 討 し て い る こ と が 1 0 日 ま で に わ か っ た 。 こ れ ら の 漢 字 は 、 中 に 含 ま れ る 「 人 」 と 「 人 」 と の 間 隔 が 狭 く 、 感 染 防 止 に 必 要 な ソ ー シ ャ ル ・ デ ィ ス タ ン シ ン グ ( 社 会 的 距 離 ) が 確 保 で き て い な い こ と が 主 な 理 由 。

 自 粛 要 請 の 対 象 と す る 漢 字 は 「 傘 」 「 卒 」 「 俎 」 な ど 1 0 字 前 後 で 調 整 し て い る 。 ウ イ ル ス の 感 染 拡 大 を 防 ぐ た め に は 、 人 と 人 と の 間 隔 を 2 メ ー ト ル 以 上 空 け る 「 社 会 的 距 離 」 を 保 つ こ と が 効 果 的 と さ れ る が 、 こ れ ら の 漢 字 は い ず れ も 人 の 文 字 が 密 接 に 隣 り 合 う 危 険 な 状 態 だ 。

 今 の 状 況 の ま ま 放 置 す れ ば 、 感 染 し た 「 人 」 が 漢 字 の 中 か ら 脱 落 す る な ど 漢 字 崩 壊 を 招 く お そ れ が あ る こ と か ら 、 感 染 が 収 束 す る ま で は 、 原 則 的 に 「 か さ 」 「 カ サ 」 の よ う に か な 表 記 に 置 き か え る よ う 要 請 。 ま た 、 使 わ ざ る を 得 な い 場 合 で も 、 人 の 部 分 を 2 メ ー ト ル 以 上 離 し て 書 く よ う 強 く 呼 び か け る 方 針 だ 。

 お こ と わ り : 社 会 的 距 離 を 保 つ た め 、 文 字 間 に 適 切 な 間 隔 を 空 け て 記 事 を 掲 載 し て い ま す 。 あ ら か じ め ご 了 承 く だ さ い 。

 

 あるテレビ番組の取材でサイト運営者本人が語っていたことが印象的でした。

 取材者:虚構とフェイクには違いがあるのでしょうか?

「フェイクと一緒にしてほしくはないです。大きく違うのは発信者の意図です。フェイクニュースは、政治的に都合のいい話を捏造して、特定の考えを広めたいという思惑があると思います。けれど虚構新聞は、笑ってもらえる作品をつくるという意識があります。読めばウソだと分かるよう工夫していますし、フェイクのように、読者の考え方をコントロールしようという意図は全くありません」

 その上でサイト運営者はこのように語られていました。

「この数年で『現実が虚構新聞を追い抜いている』と言われるようになりました。トランプ大統領の当選に、イギリスのEU離脱も、今までなら『それは無いだろう』ということが現実になるようになりました。大量の情報を受け取れる時代で、みんなが情報をそのまま受け取るんじゃなくて、一歩立ち止まって『これ虚構新聞じゃないか』と思ってもらえるという気づきがあるだけでも」

「“ニューノーマル”の時代と言ってますけど、“ニュー”とか無くていいんです。普通に“ノーマル”に戻ってほしいです。ネットで“バズる”とかも、もう、その言葉自体も古くさい気がしています。これからの時代には、『常識』という柱をもう一回しっかり取り戻してほしいですね。コロナが収まることも含めて、4、5年前のように世の中が淡々と続いている、普通の時代に戻ってもらうのがいちばんありがたいです。事実というのは基本的にすごく当たり前のことなので、魅力的ではないかもしれません。しかし、事実がしっかりと土台にあるから、虚構新聞のようなふざけた情報とかがあるのだと思います」

 

 サイト運営者も語るように、風刺やパロディーが成立しないような世にしてはいけないと思います。この虚構新聞が次のような”誤報”の謝罪をしなくて済むような時代が再び来るといいものです。そして、こんな時だからこそ「クスっと笑える」そんな話題で人の心を和ませたらと私は思います。2 m 離 れ て マ ス ク 着 け て (笑)

 

「2mのロングバトンも コロナ禍で「新しい運動会」マキャベリ小」についてお詫び

2020年9月12日配信の「2mのロングバトンも コロナ禍で「新しい運動会」 マキャベリ小」記事につきまして、同月27日、神奈川県相模原市の小学校にて長さ2メートルのバトンを使った運動会が実際に開かれたことが分かりました。虚構世界の現実を伝えることを目的とする本紙におきまして、記事が一部現実化してしまったことを、関係者と読者のみなさまに深くおわびいたします。

 27日配信の毎日新聞(ウェブ版)の記事「長さ2mのバトン、掛け声は紙で、競技はテレビ中継…コロナ下の運動会」によると、相模原市の市立田名北小学校で27日に行われた運動会で「ウレタン製の棒にビニールを巻いた長さ2メートルの「ロングバトン」でソーシャルディスタンスを保って行うリレーや、かけ声を発さずに紙に書いて掲げながら踊るソーラン節など、工夫を凝らした12のプログラムが催された」ということです。

▲「長さ2mのバトン、掛け声は紙で、競技はテレビ中継…コロナ下の運動会」(毎日新聞より)

 

▲「「新しい運動会」用に制作した2mのロングバトン」(本紙記事写真より)

 

 上記記事の配信後、本紙編集部には「現実に起きたことを伝えている。誤報ではないか」とのメールやSNS経由での問い合わせが計20件以上寄せられました。これを受けて編集部で両記事を比較検討した結果、ご指摘いただいた本紙記事は「誤報である」との結論に達しました。

 誤報と判断した主な理由は以下の2点です。

 (1)「コロナ禍で行われる新しい形の運動会」という記事全体の趣旨か酷似していること
 (2)本紙記事「長さ2メートルのロングバトン」の記述が現実の運動会で使用されたバトンと長さ・名称ともに全く同じであったこと

◇  ◇  ◇


 昨年の「ジョン・ケージ「4分33秒」トリビュート盤発売が決定」の誤報以後、編集部では記事の虚構性を保つため、記事のチェック体制強化や、配信ペースの見直しなどを行ってきました。

 しかし、記事公開後わずか2週間余りで現実を先取りしてしまう勇み足の報道となってしまったことは、言論機関として痛恨の極みです。コロナ禍という非現実的な状況下でスクープを得ようと急ぐあまり、現実で起こる可能性を甘く見積もった結果であると自ら断罪せざるを得ません。

 当該記事を執筆した社主UKは、編集部の聞き取りに対し「『コロナ禍でもなお運動会を強行するなら、こんなことになるからあきらめなさい』ということを逆説的に報じたつもりだったが、こんな悪ふざけみたいな競技を実際にやる学校が出るとは予想できなかった。全部コロナが悪い」と説明し、反省の態度を示しませんでした。

 このことから編集部では執筆を担当した社主UKに対し、10月1日から本社ビル地下3階地下牢拘留2日間(おやつ抜き)の処分を言い渡しました。なお十分なバックアップ態勢が整っているため、処分中も記事執筆及びサイト運営に影響はありません。

 日ごろ本紙を信頼してくださっている読者のみなさまにおかれましては、この度の誤報でご迷惑おかけしたことを改めておわびします。これまでの常識が通用しないコロナ禍においてはスクープを狙うより、まず読者のみなさまの安心と信頼を取り戻したいと考える所存です。(編集部)

【虚構新聞】 https://kyoko-np.net/

サッカー部 MUSANISTA #125 『 40分 』

 本日から、新型コロナウイルス感染対策として、始業時間の1時間繰り下げ40分授業が始まりました。皆さんは40分と聞くと、何を思い出すでしょうか。ラグビーの試合は前後半各40分で行われています。また、バスケットボールの試合は10分×4クオーター=40分。サッカーに関して言えば、高校サッカーの前後半は各40分で行われています。
 'FC MUSASHINO'の試合では、「いかに前後半の各40分を集中して、高いパフォーマンスで戦いきるか」というのを大切に戦っています。立ち上がり、ハーフタイム後、終了間際。集中力が低下しがちな時間帯に、声を掛け合って集中する雰囲気を作っていく。そんなことを試合前は声掛けしていました。
 話をはじめに戻します。普段の50分授業から、40分授業になって勉強はどのように変わるでしょうか。先生側から見ると、普段50分でやっている内容を40分でやらなければいけないので、「授業のスピードを速くせざるを得ない」ということや「授業で伝えたい内容が入りきらず削らざるを得ない」ということが起きてきます。今日一日授業を受けてみて、生徒側は、どう感じたでしょうか。「スピードが速くてついていけない!」と感じたでしょうか、「内容がスリムで理解しやすい!」「集中力が持続してなんだか理解しやすかった」と感じたでしょうか。いずれにせよ、この40分授業は少なくともあと3週間程度は続きます。早く40分授業に慣れ、リズムをしっかりとつかみましょう。
 ある実験では、『15分の短い学習を積み上げた方が、詰め込んで一気に勉強するよりも効果的だという結果』が出ています。この実験では中学1年生を「連続60分」「連続45分」「15分×3回=45分」の3つのグループに分け、英単語を覚えさせました。結果的に、「15分×3回=45分」で学習させたグループの子が最も学習効果を得られただけでなく、「連続45分」で学習したグループの方が「連続60分」で学習したグループよりも効果が出ていたことが興味深いと紹介されています。続いて、『学習の成果は、「学習の量」×「学習の質」』ということに言及し、『時間は限られている中で、より効果が高い学習方法を見出していく必要があ』ると述べています。
 出典;http://www.asahi.com/ad/15minutes/
    朝日新聞デジタル『勉強時間は短い方が好成績?』より

 まさに今、学校の授業は40分授業になってしまい、1日あたり60分の授業時間が削られてしまっています。そんな今だからこそ、試合に集中するのと同じように1分1秒無駄にせず授業に集中し、学習効果を高めましょう。学校にいる時間が短い分、家に帰ってからも復習をすると、学習効果が高まります。40分授業のデメリットばかりに目を向けるのではなく、臨機応変に対応し、メリットを最大限に生かすようにしていきたいですね。

サッカー部 MUSANISTA #124 『 1.17 』

 

 既にお気づきの方もいるかもしれませんが、部活が中止になってから毎日ブログを更新しはじめました。以前、緊急事態宣言が発令されて臨時休業になった時もさせてもらいましたが、今回も”部活”の代わりにブログ更新を続けていきたいと思います。

 本日は、1月17日。もしかしたら、若い世代の中には「えっ、何それ??知らない」と平気で言う人もいるのでしょうか。今日から26年前、この国では大変なことが起きていました。

【観測史上初の震度7 死者の6割が60歳以上】

 1995年(平成7年)1月17日火曜日、午前5時46分。兵庫県南部地震が発生。国内史上初の震度7が観測。関連死を含めた死者が6434人、住宅被害が約64万棟の大震災。家屋の倒壊などで大勢の方が亡くなり、厚生労働省の調査では1995年1月~6月の死者のうち窒息・圧死が77%に達する。また、被害は高齢者に集中し、神戸市では死者のうち60歳以上が59%だった。

【被害総額9兆9268億円 国予算のほぼ1割の規模】

 大都市直下型の地震による経済被害は甚大で、被害総額9兆9268億円は国の予算規模のほぼ1割相当。2011年3月11日に発生した東日本大震災の被害総額は約16兆9000億円と推測されている。

【神戸市では7人に1人が避難】

 震災から6日目の1月23日、1153の施設に31万6678人が避難。自治体は、学校などの公共施設を避難所に指定していたが想定を超える避難者が出たことで、多くの人が指定外の公園や民間の建物に身を寄せた。多くは避難所に追加指定されたが、当初は救援物資や食事が配給されなかったケースもあった。

【供給網はずたずたに】

 寸断されたライフライン。神戸市全域で水道が復旧したのは発生から3カ月後だった。蛇口をひねっても出ない水。消えたままの街の灯り。繋がらない電話。ライフラインは、一瞬にして途絶えた。配水管を中心に被害を受けた水道は、兵庫県内の10市7町(当時)で全給水戸数の90%にあたる126万6000戸が断水。電気は約4000本の電柱が倒れたが、震災7日目の23日には倒壊家屋を除いて復旧。ガスは全国155事業者が応援、延べ72万人が復旧にあたり、震災3カ月を待たずに完了。

 神戸市内の水道は震災直後、ほぼ全域で断水。東京、大阪など全国各地の水道局の応援を受けながら復旧作業を進めたが配水池から各地域に水を流す配水管は約4000kmもある上、水が漏れている場所の特定から始まり、作業は難航。配水車による水の配給もあったが飲料など最低限に限られた。川の水で洗濯する人もおり、トイレやお風呂など生活用水の確保という課題を突き付けられる。

【東西の高速移動網が回復するのに622日かかる】

 阪神高速神戸線では走行中の運転手らが犠牲に。神戸市東灘区では橋脚が折れ、635mにわたって横倒しになる。衝撃の映像が被害の象徴として世界に発信され、今日でも繰り返し映し出される。

 JR六甲道駅はホームと上屋が倒壊し、阪神電鉄は8か所で高架が落下。神戸と大阪を結ぶ鉄道3線の上通で1日45万人の足が奪われる。復旧は急ピッチで進み、山陽新幹線は4月に運転再開。8月23日の六甲ライナーをもって、被災地の鉄道はすべて復旧。

【1793億円を超える善意】

 全国から集まった義援金は総額で約1793億円。当時としては戦後最多。義援金は「被災者の当面の生活を支えるもの」として位置づけられ、被災状況を確認した自治体では2月1日(震災から15日後)から支給が始まった。しかし、当時戦後最大規模で集まった義援金も、1世帯当たりに均等配分したとすると約40万円。雲仙普賢岳噴火災害(1990年)の約3219万円や新潟県中越地震(2004年)の216万円に比べると大きく下回る。そのため、被災者の多くは災害援護資金などの貸付制度に頼らざるを得なかった。

【167万人が被災地へ】

 被災地では震災直後の1年間で138万人、多い時で1日2万人が活動し、被災者を支援するボランティア団体やNPOが数多く生まれた。1995年は後に「ボランティア元年」と呼ばれるようになった。

 阪神・淡路大震災がきっかけに定着したボランティア。地震だけでなく、豪雨災害の被災地など、活動の場は広がり、復旧・復興に欠かせない存在になってきている。こうした市民活動を支援する機運が高まり、自治体がさまざまなボランティア助成金制度を設ける。災害時の緊急支援、そして息の長い活動に向けてノウハウの確立や人材の配置と育成、資金・資機材の調達などさまざまな課題もある。

【4万8300戸 前例のない仮設住宅の大量供給】

 地震発生の3日後、神戸市では仮設住宅の建設が始まる。問題になったのは、建設用地。被災地内だけでは土地が足りず、大阪府内や姫路、加古川市など18市11町に広がる。仮設住宅の発注は震災の日から始まり、兵庫県民向けに4万8300戸が発注された。神戸市では最初の入居が震災から16日後の2月2日だった。仮設住宅が入居ゼロになったのは、2000年1月14日。震災から1823日後だった。当初仮設住宅を設ける期間は原則2年とされており、設定期限は3回も延長された。仮設住宅を経て自力で住宅を確保できなかった人たちには、災害復興用の公営住宅が用意された。災害復興公営住宅などの供給戸数は4万2137戸。うち2万5421戸が新規に建設された。

【多くの人が住み慣れた街を離れた】

 仮設住宅や新規に建設された災害復興公営住宅は、建設用地の確保が難しく、湾岸の埋立地や人工島、郊外のニュータウンや工業団地の空き地などを利用するしかなく、住み慣れた地域を離れたくない被災者とのミスマッチから、優先度が高い高齢者世帯も抽選から漏れることが珍しくなかった。

【2人に1人が高齢者】

 2013年11月時点で、災害復興住宅の高齢化率は49.2%、単身高齢世帯率は45.4%。一般県営住宅は28.6%、23.8%に比べ極端に高くなっている。高齢化率70%の復興住宅もあり、そうした住宅では自治会の担い手不足からコミュニティーの活力低下が深刻化。住民の交流行事だけでなくゴミ出しや清掃と言った活動も難しくなっている。

【『震災を経験していない』2021年には5割に】

 神戸市では震災を経験していない市民の割合を算出している。震災を経験していない市民の割合は増加しており、震災から26年の2021年には市民の半数が震災を経験していないことが考えられる。阪神・淡路大震災後の採用が職員の約半数を占める神戸市では、「20年以後」を見据えている。小中学生向けの教材として、震災当時の体験を家族から聞き取れるワークブック形式の教材を作成するなど、若い世代へ記憶を伝える試みをしている。

1月17日 神戸新聞より

 

 神戸の人たちは、こんな苦難を乗り越えて今日までやってこられました。今、この国は再び危機的状況です。医療・経済・教育・スポーツ・生活・・・すべてが共に同じ方向を見るのは、恐らく難しいのでしょう。それでも数年後には、神戸市と同じように新型コロナウイルスの世界的感染拡大に対して取った国民の行動や日本はどうやって長期に渡る感染拡大を終息させたのか、世界と日本との違いは何だったのか、そして今回のことで得た教訓を私たちは堂々と後世に伝えていけるのでしょうか。

 

サッカー部 MUSANISTA #123 『 学ぶ姿勢 』

 新型コロナウイルスの蔓延に伴って、リモート授業やリモート会議、在宅ワークが増えてきている。去年卒業のサッカー部OBに話を聞くと、大学や専門学校で「多くの授業がいまだにリモートで行われている」という話を聞く。また、ある会社に勤める友人は、1度目の緊急事態宣言の際に在宅ワークに切り替えられたが、緊急事態宣言解除後にも「会社に出社しなくても仕事ができる」と認められ、むしろ「今後ずっと基本的には在宅ワークをしてくれ」と言い渡されたそうだ。

 そんな時代、環境において、大切な力の一つに「自律力」があると考える。リモート授業では、自分が好きな時間に授業の動画を見てレポートを書く授業がある。在宅ワークではだれも見ていないところで、誰の目もないところで仕事を進めなければならない。ここでは、「自分を律して」やるべきことをやらなければいけないということになる。のんびり過ごして動画を見ずレポートが出せない、ということがあれば当然単位は出してもらえないし、在宅ワークで仕事が期日に間に合わないようなことがあれば当然怒られ、最悪減給になることもあり得るだろう。結局、ツケを払わされるのは自分なのだ。

 そんなことにならないためにも、学校ではいろいろなことを教えている。「計画力」、「計画通りに実行する力」、「振り返る力」どれも大切な力であると思う。私は、これらの力を身につけるためには、言われたことをやっているだけでなく、「自分で考え、自分を律して行動する」ということが不可欠であると考える。今の部活がない状況は、まさにそんな力を伸ばすのに絶好なタイミングではないだろうか。
 部活では、まさに「計画を立て、実行に移し、振り返りをする」という「Self Training Note」を課している。また、部活がないことで家に帰ってから自学する時間が十分に取れることを考えると、まさに「自律力」を鍛えるのにピッタリの状況なのだ。家に帰ってからに時間を無為に過ごすのではなく、自分で計画を立て、自分で立てた計画を実行するという繰り返しが、こういった力を育む為にとても良い勉強になる。
 「学校で教えてもらえないから勉強ができない」と嘆くのではなく、こんな状況だからこそ伸ばせることを自ら伸ばすように努力してみてはどうだろうか。

サッカー部 MUSANISTA #122 『 魂のストライカー 』

 

 本日は、ひとりのプロサッカー選手をご紹介したいと思います。先日、現役選手を「ひとまずお休み」されることを再び決めた中山雅史選手です。サポーターからは「ゴン中山」「中山隊長」の愛称で親しまれています。最近では、スポーツ番組やニュース番組などにゲスト出演されていることでご存知の方も多いかもしれませんが、日本人ストライカーの中で、私はこの人を超える選手はまだいないと思っています。例えば、実績で言えば4試合連続ハットトリック(2016年まで世界記録)、国際試合における最短ハットトリックのギネス世界記録、2016年まで通算J1最多得点記録保持者(157得点)、Jリーグシーズン最多得点記録(36得点/27試合←昨年得点王だった柏レイソルのオルンガ選手は28得点/32試合)、W杯日本代表初ゴール、2002年日韓W杯日本代表10番など数々の偉業を成されています。プレースタイルは、泥臭く、鋭いゴール嗅覚、誰よりも執念深く、そこに血の滲むような努力とボールを持たない時の冷静な動き。人を驚かせるような華麗なプレーや特出した身体能力は見られないかも知れませんが、私はまさしく#9の選手だと思っています。スポーツライターの二宮清純さんは2013年に中山選手についてこのように書かれています。

 

“魂のストライカー”がプロ19年間の現役生活に幕を下ろした。昨年12月、コンサドーレ札幌のFW中山雅史が引退を発表した。中山はジュビロ磐田のエースとして、チームの黄金期を支え、Jリーグで3度の年間優勝に貢献。リーグのMVPを1度(98年)、得点王を2度(98、00年)獲得している。J1通算157得点は史上最多だ。日本代表でも中心選手として活躍し、W杯には2大会(98、02年)に出場を果たした。近年の日本サッカーの歴史は、中山の存在抜きには語れない。彼の代表での21ゴールの中から特に印象に残る2つのゴールを、11年前の原稿で振り返る。
<この原稿は2002年6月発行の『英雄神話』(徳間書店)に掲載されたものです>

 もし“日本代表魂”というものがあるとしたら、あの時に生まれたのではないか。
 私はそう確信している。

 1993年10月18日ドーハ・カリファスタジアム。
 アメリカワールドカップ、アジア地区最終予選。日本代表の“スーパーサブ”である中山雅史はイラン戦の後半28分に投入された。0対2と2点のビハインドで迎えた敗色濃厚の後半43分、中山は福田正博がタテに出したボールをラインを割る寸前にスライディングして止め、そのまま角度のないところからポストぎりぎりに振り向きざまのシュートを決めてみせた。それが最終予選における代表の初ゴールだった。「行ける! まだ行けるぞ!」ボールを小脇に抱えた中山は、チームメートを大声で叱咤しながら、センターサークルに走った。逆転こそならなかったものの、この中山の気迫が、意気消沈していたチームに喝を入れた。続く北朝鮮、韓国戦に連勝し、オフトジャパンは最後のイラク戦にアメリカ行きの望みをつないだ。中山の闘志が死に馬を走らせたのである。
 そして迎えたイラク戦、日本は中山の2点目のゴールで勝ち越すが、ロスタイムで追いつかれ、搭乗手続きまですませていたアメリカ行きのチケットを手から滑り落としてしまうのである。俗に言う“ドーハの悲劇”である。その瞬間、ベンチに下がっていた中山は天を仰ぎ、身も世もないとばかりに顔を覆った。放心と絶望が硬直した全身を包んでいた。

「1993年10月、サッカー日本代表」と書かれてある古いノートが手許にある。帰国直後、本人にインタビューを試みた。今読み返しても、中山の無念さが伝わってくる。
――聞きにくいことだが、あの(同点に追いつかれた)瞬間の気持ちは……。
「……ぼくはあの瞬間、自分の情けなさを痛感しました。なぜなら、あそこでベンチから仲間に“まだ時間はあるぞ!”と冷静に声をかけられなかったからです。たとえベンチにいても、ぼくはイラン戦のように振る舞わなければいけなかった。それができなかったのは、自分がまだまだ発展途上の証拠だということでしょう。今は神から与えられた試練だと思うことにしています」

 中山は忘れているだろうか。私はこの時、折りたたみ式のカサを彼にプレゼントした。インタビュー相手にプレゼントを持って行ったのは、後にも先にもこの時しかない。それくらいイラン戦でのプレーに深く感動したのである。自分の気持ちを、何かにたくそうとして折りたたみカサを思いついた。「人生、晴れた日ばかりじゃないから……」そう言って手渡すと、中山は例の人懐こい笑みを浮かべてこう言った。「雨、雨、降れ、降れ、もっと降れ……くらいの強い気持ちが必要なんでしょうね。今回はワールドカップに出られなかったけど、30歳がダメなら34歳、34歳がダメなら38歳……諦めさえしなかったら、いつか夢はかなうと思っています」

 5年後、フランス――。1998年6月、日本は初めてワールドカップに出場したものの、アルゼンチンに続いてクロアチアにも敗れ、早々とグループリーグ敗退が決まった。やはりというべきか、世界の壁は厚かった。残るはリヨンでのジャマイカ戦のみ。グループリーグ敗退が決まった時点で、日本代表の目標は「悲願の初勝利」に切り替わった。そのためには、まず1点をとらなければならない。なにしろ2試合を戦い終えても、日本は依然としてスコアレスのままなのだ。遠いゴールは、改めてストライカー不在を浮き彫りにした。余談だが、岡田ジャパンは結果(ゴール)よりも手続き(システムや戦術)を大切にする空気があり、さながらそれは、ひとつ決め事をするのにハンコが5つも6つも必要だったり、まっさらな稟議書が役員の机に届くまでには真っ黒になっていたりするこの国の社会システムにも似て、ストレスを内包するものだった。0対2で迎えた後半29分、日本の初ゴールは中山の右足によってもらたされた。呂比須ワグナーのヘディングを、それこそ全身の力を右足に凝縮してネットに突き刺した。彼らしい実に泥臭い、だからこそ胸が震えるようなゴールだった。ゴールを決めた中山は、すっくと立ち上がって、同点、そして逆転を信じてセンターサークルに走った。5年前のイラン戦のシーンが、私の脳裡のスクリーンに上映された。
 イラン戦しかり、ジャマイカ戦しかり。中山のゴールはチームに勝利をもたらせるものではなかった。しかし、と思う。あの2つのゴールは、この国の代表が未来を築く上で、なくてはならない“捨て石”ではなかったか。

 一矢を報い、万兵を挙す――。魂のストライカーに、敬意を込めてこの一語を捧ぐ。

 今、サッカーをしている子たちにどのくらいの子が中山選手のようなメンタリティ(情熱?魂?愛情?執念?哲学?こだわり?夢?目標?)を持って日々サッカーに打ち込んでいるのでしょうか。偉大な先人から見習うべきは、華やかなプレーや綺麗なプレーばかりではないと私は思います。きっと、中山選手は少しの間「お休み」されたら、またいつかきっと、どこかのチームでゴールを追い求め始めるのだと私は期待しています。

 

この度、アスルクラロ沼津の現役選手のトレーニングをひとまずやめて、ジュビロ磐田のコーチとして活動する事に決めました。

2015年から2020年の6シーズン、ほぼリハビリで過ごしましたが、U 18のコーチをこの2年間させていただき、

日本クラブユースサッカー選手権(U-18)大会にも出場し、子どもたちの成長を見ることができた事を幸せに思います。

またいつか沼津に戻る事があるかもしれません。

その時は、よろしくお願いします。

ありがとうございました!!               2021年1月13日 アスルクラロ沼津HPより

 

サッカー部 MUSANISTA #121 『 さりし日々とこれから』

 年も明け、「さあ、今年も頑張ろう」に続く言葉が、「新型コロナウイルスの終息に向け、今年も頑張ろう」になるとは、なんとも悲しいことです。政府は再度、「緊急事態宣言」を出し、学校にも、部活動の原則中止、時差登校などが指示され、様々な面で影響を受けています。昨日の更新でもお伝えしたように、'FC MUSASHINO'はこの部活中止期間を過ごすにあたって「自主練習」と位置付け、各自でコンディションの維持をするように伝えています。前回は、完全に休校だったので部員に任せっきりでしたが、今回は学校に登校しているので確認はできます。各自今やるべきことをしてくれるよう、指示を出しています。

 

 さて、今回も緊急事態宣言が出され部活動ができないということで、HPを更新しています。前にもこんな形でHPを更新したことを思い出し、久しぶりにHPを見返していたら、こんなことを更新があったことを発見しました。

『街中を見ると、色んなところで「8割削減」の努力を目にします。販売店では、列に並ぶ人の間隔を社会的間隔(2m)に近づけるために目印が付けられました。レジの前には、透明なカバーが設置され飛沫感染を防ぐ対策がなされました。店舗によっては、入場制限を敷いて店内の人数を制限する対策を取っている所も出始めました。学校から帰宅する時には、暗い中をジョギングする人たちをよく見かけるようになりました。私達は、それぞれが”本気で”感染拡大予防対策に講じなければ、5月の連休明けから学校再開というのは、正直とても厳しいのではないかと感じ始めています。

 専門家のある人は、「今はまだオーバーシュート(爆発的な感染拡大)には至っていない。でも、このまま行けばそれは間違いなく免れない。」と話しています。そんな事になれば、現在でも大変な医療現場は益々切迫した状況になるでしょう。そうなれば、コロナウイルス以外で医療を必要としている人達さえも十分な医療を受けられず、苦しみ困る人が増えるでしょう。医療に携わる人達は今、自分や家族を顧みることなく私達の安心安全を保障してくれています。そうした人達を守るためにも、私達は行動を慎むべきだと思います。』
( 2020/04/12更新 MUSANISTA #52 『 80%off 』から抜粋 )

 1度目の緊急事態宣言が出されて間もないころ、感染予防拡大防止のために多くの場所で対応に追われました。いまや、間隔をあけさせていない販売店はないし、レジ前の透明なカバーが無いような店も数えるほどしかなくなっています。しかし、感染拡大の第3波はとどまることをしりません。これはなぜでしょうか。私は、やはり今よく言われている「コロナ慣れ」が大きな原因ではないか、と思います。各個人の「この程度なら大丈夫なのではないか」「みんなやっているし大丈夫ではないか」「店が開いているし大丈夫ではないか」という判断が、社会を動かし、この状況を生んでいると考えます。
 今、まさに、医療現場がひっ迫し、『コロナウイルス以外で医療を必要としている人達さえも十分な医療を受けられず、苦しみ困る人が増えるでしょう。』という状況になっています。さらに言えば、コロナウイルスで苦しんでいる人も入院できなかったり、ホテルに入れず自宅療養を余儀なくされている状態も出てきているそうです。

 

 巷では、「緊急事態宣言を出すのが遅かった」などという意見も出ているようですが、変えられるのはこれから先のことしかありません。逆に言えば、『今からの行動で未来を変えることができる』ということもできます。これを読んでいる皆さんも、「コロナ慣れ」に注意して、できる限り感染拡大防止に努めましょう。月並みな言葉ですが、ひとり一人の行動が、未来を変えていくことは間違いありません。今やるべきこと、今は我慢すべきことをしっかりと判断し、行動していくよう、お互いに気を付けていきましょう。

サッカー部 MUSANISTA #120 『 30日間 』

 FC MUSASHINOは、この部活中止期間を過ごすにあたって「自主練習」と位置付けました。少しでも何か自分自身でできる事をやって30日を過ごした場合と、何もせずにただ30日間過ごした場合とでは2月7日以降がまったく違ったものになるだろうという話をしました。たかが1日60分だけでも週に6日として約4週間=1,440分。普段の練習が2時間(120分)だとしたら12日分。少し頑張って1日90分のトレーニングをし続けられたら=2,160分、つまりは18日分のトレーニング時間を過ごせたことになるわけです。これがもしも、毎日120分のトレーニングを週6日、30日間続けられたなら…24日分にもなります。逆に考えれば、それだけの時間を無駄に過ごしてしまうことにもなるわけです。そこで、私たちは昨日から毎日「Self Training Note」を書くことを始めました。目的は、①コンディショニングの維持②トレーニング状況の把握③生活習慣の見直しです。予めその日の自主練習内容を自分で考え、実際に実施したトレーニング内容を記録して週の最後に1週間を振り返るという日誌です。早速、今日の放課後からそれぞれのノートを見せてもらいましたが、ある部員の昨日のトレーニングは10kmのランニングと筋トレ(腕立て伏せ/腹筋/背筋/スクワット)、ストレッチというメニューでした。中にはスマホアプリを利用して実際の走行距離や走行ルートを地図上に記録させられるようなものをやっていた部員もいました。大切なことは、継続すること。運動負荷を適切にかけること。コロナウイルス感染対策を忘れないことです。およそ30日間の、もしかしたらもっと長い道のりかも知れませんが…部活が再開される”その時”を信じて頑張り続けて欲しいと思います。

これは絶対に俺がやらなきゃ駄目なんだ

最も重要なのは体の中心…足腰である 強靭な足腰で体を安定させることは正確な攻撃と崩れぬ防御へと繋がる

 

サッカー部 MUSANISTA #119 『 前へ 』

 昨日の決勝戦は、皆さん御覧になりましたか。今回は、私もテレビの前で観させてもらいましたが昨年までは部員と一緒にスタジアムのスタンドで観ていましたので、試合が終わってこの試合もやっぱり現地で一緒に観たかったなとすごく思った試合でした。

 細かいことは置いておきますが、私が印象強く残ったのは①山梨学院高校の執念②青森山田高校の強さ③戦略力でした。どれも言葉で表すのは簡単な事なのですが、それをプレーで表すのは容易な事ではありません。後半や延長戦に青森山田高校のシュートが何本もポストに当たったり決定的な場面もいくつもありましたが、私は単にアンラッキーの一言では済ませられないものがあったのだと思います。同点ゴールとなる2点目を決めた山梨学院高校の#10野田武瑠選手も試合開始から両足にテープをいっぱい貼った状態で挑んでいました。それでも試合終盤のあの時間帯にあそこへ走り込んで左足でのダイレクトシュート(その後攣ったのも左足でした)。彼だけでなくここまで勝ち上がってきたのですから恐らくどの選手も満身創痍だったと思います。それでも彼らのそれを凌駕させるものは一体なんだったのでしょうか。青森山田高校も惜しくも準優勝に終わってしまいましたが、3年連続で全国の決勝戦まで勝ち上がるなんてチームが現代の高校部活動において他にあるのでしょうか。青森山田高校の皆さんには失礼かもしれませんが、私はそれだけでも物凄い事だと思います。それは、まさしく「真に強い」チームだからではないかと思います。個々の上手さが取り沙汰される事が多いようですが、コンビネーションプレーやセットプレー等の多彩な得点パターン、そこにあれだけの攻撃をしながらも延長戦まで走り切れる体力、守る側としたらこれほど嫌なチームはないんじゃないでしょうか。個人的には、試合後の青森山田高校#10松木玖生選手の表情をテレビで見ていて、今から100回大会が楽しみになりました。最後に戦略力です。これはこの決勝戦に限った事ではありませんがどのチームも対戦相手を緻密に分析して、対策を練って試合に臨んでいました。この試合では、山梨学院高校が青森山田高校のCBだった藤原選手にマンツーマンDFの奇策をしたと報道されていますが、2018年W杯予選リーグのドイツ対メキシコでメキシコ代表が似たような戦術を取り、前回王者に1-0で勝利するという試合があったのを思い出します。また、これは私の勝手な憶測ですが山梨学院高校は準決勝の帝京長岡高校との試合では、試合立ち上がりをポイントのひとつとしていたのではないでしょうか。特に前半は、帝京長岡高校が太陽を正面にしての12時キックオフでしたのでGKとしては陽が目に入ることも計算に入れての開始早々のミドルシュートだったのではないかと思います。個々の能力、洗練されたチームとしての組織力、目には見えづらい勝者としてのメンタリティ。前回大会の青森山田高校と静岡学園高校の決勝戦も見応えのあるとても良い試合でしたが、今回の決勝戦もすごく面白い試合でした。私には、勝者も敗者もない、サッカーを心から愛する人たちの試合でした。

 さて、私たちは2月初旬まで皆で一緒に練習をすることはありません。暫くの間、「自主練習」という形になりますが、この期間を有効に活かして、来る春に向けて力を蓄えていきたいと思います。

 

サッカー部 MUSANISTA #117 『 新たな一年 』

 新年明けましておめでとうございます。お陰様で昨年はこの"MUSANISTA"も10,000人以上の多くの方に閲覧してもらうことができました。本当にありがとうございました。正直HPをこんなにも多くの方が利用しているなんて思いもせず、とても驚いています。今年も皆さんに注目してもらえるよう顧問部員共々頑張っていきたいと思います。

 令和3年が始まり一週間が経ちましたが、皆さんの歳はじめはどのような毎日だったでしょうか。私たちは、この冬休み、満足に活動が行えたわけではありませんでした。昨年末12月25日から1月2日までの間は、部活が中止を余儀なくされ、例年なら近隣フェスティバルに参加したり試合練習を重ねながら新人戦に向けてトレーニングを積んでいましたが、まったく行えませんでした。それでも、昨日までは1月16日から開催予定だった新人戦に向けて4日から練習を再開していました。まずはこの中止期間に低下したコンディションを1日でも早く元に戻すために足を動かすメニューを多めにトレーニングを続けていましたので、部員の中には疲労や筋肉痛が酷かった者もいたようです。ですが、皆さんもご存知の通り1月7日に緊急事態宣言が1都3県に発令され、それを受けて部活動の活動にも制限が加えられました。そして昨夕、埼玉県も新人戦支部予選を2月8日以降に延期することが決まり、再び部活動は中止という事になりました。

 今のこの国内状況を見れば「少しでも感染リスクを避ける行動をとること」は当然のことだと思います。先月末には、日本医師会会長が「どんなことでも出来得る感染予防対策のすべてを行って欲しい」と国民に向けて訴えかけていました。ただその一方で、「サッカーができない」辛さ、寂しさ、つまらなさ、苦しさ、苛立ちも抱きます。今はサッカーを教える立場の身ですが、私自身も小学生の時からサッカーをやってきていましたので当時の自分が今の高校生と同じ境遇に立たされたらと考えると…想像もつきません。当時は私にとってサッカーがすべてでサッカーを中心に毎日を過ごしていました。食事も睡眠も授業も余暇もすべてはサッカーのためにありました。生活の一部であり本当にすべてでした。当たり前に行えていたことが、突然奪われてしまう。こんなに苦しいことはないんじゃないでしょうか。「奪われる」という表現を使いましたが、恐らく当時の私ならそんな感情が正直なところだったはずです。

 新型コロナウイルスがこれだけ長期に渡りなかなか終息しないのは、感染してすぐに症状が現われない、つまり毎日のように報道されている新規感染者数は2週間前の状態であり現在の状態は2週間後にならないと分からないこと。また、感染しても無症状の場合も多く本人が気づかぬうちに感染を広げている可能性があること。そして、欧州で拡大している変異型のコロナウィルスも新たに出現してきたことだと認識しています。

 教える立場になった今でも「サッカー」が私の核であることに変わりはありません。ひと月でも1週間でも1日でも早く、彼らと一緒に再び思いっきりサッカーが出来る日が戻ることを願い、この1カ月間を過ごしていきたいと思っています。

 

 最後になりますが、このような状況の中でも高校生たちの中には頂点を競い合う白熱した戦いを繰り広げている子たちがいます。現地での観戦は出来ませんが、是非皆さんもテレビの前で応援してください。競技、性別に関わらず彼らも高校3年間を自分が大事にしているものにすべてを賭けた子たちです。その結晶をこうした状況だからこそ、みんなで盛り上げ応援しましょう。

 本日は、男子サッカーでは全国高校サッカー選手権大会準決勝が行われ、第1試合が山梨学院高校vs帝京長岡高校、第2試合が矢板中央高校vs青森山田高校の試合が行われます。決勝戦は、明後日11日に行われます。高校ラグビーでは第100回全国高校ラグビー大会決勝戦、桐蔭学園高校vs京都成章高校の試合が行われます。明日10日は、全日本女子高校サッカー選手権大会決勝戦、作陽高校vs藤枝順心高校の試合が行われます。

 それでは、みなさん、本年もFC MUSASHINOをどうぞ宜しくお願い致します。

サッカー部 MUSANISTA #116 『練習試合vs大宮北』

 昨日11/28(土)、大宮武蔵野高校グラウンドにて大宮北高校と練習試合を戦いました。結果は以下の通りです。

<練習試合> vs 大宮北
       40分ハーフ 1(0-1)(1-0)1 引き分け
       35分一本  1-0
        【得点者】小原(1年MF) 有山(2年FW)

 マラソン大会を前日11/27(金)に終え、10kmを精一杯走り切った部員たち。そんな中、2週間ぶりとなる試合を行いました。少し肌寒く、風も強く吹く中で13:00K.Oで始まったこの試合。期末考査を約2週間後に控え、考査前の最後の試合となりました。年明けの新人戦のことを考えると、試合を重ねられるのも何度もありません。そういう意味でも大切な試合となりました。
 試合が動いたのは、立ち上がりの前半2分。サイドをドリブルで突破され、ワンチャンスをものにされ0-1に。課題であった立ち上がりに失点を許してしまい、不利な状況に。しかし'FC MUSASHINO'は、与野高校の時のような試合展開にはしなかった。1点を失ったとしてもやるべきことは変わらない。最近の課題であった、「球際」「奪った後にロストしない」「クリアははっきり」をしっかりと実践し、戦った。加えて、今日の試合では、守備の面で「1対1」に集中し、粘り強く守備をしようと確認していました。32分には、MFで出場していた細田が負傷で交代し、小原が出場。相手の寄せが速いこと、また一人に何人もプレスが来ることに苦戦しながらも、ダイレクトプレーを駆使しながら何度かチャンスを作る。しかし、前半のシュートは2本、得点は決められず0-1で折り返す。前半も終わってみれば、相手のシュートは点を取られた一本のみ。相手にほとんどチャンスを作らせなかった集中した守備を見せました。逆に言えば、立ち上がりの弱さが露呈した前半でした。
 後半には、パントキックの精度が上がってきた1年GK加藤が出場。前半に引き続き、集中した守備で戦い続ける'FC MUSASHINO'。一方で、攻撃面ではなかなかうまくいかない。相手の速いプレスになかなか落ち着いてボールを保持できない。要所要所でためを作って展開しようとするも、精度の高いプレーを要求され、なかなか思った通りに攻撃できない。そんな中、2年MF金子の奥歯が接触プレーの中で欠けてしまい、試合出場不可能に。そんな中、後半36分。1年小原が裏に抜け出しチャンスが訪れる。相手キーパーが飛び出してきたところを、冷静に頭を越す技ありシュート。1-1で試合を振り出しに戻す。後半はこのまま終わり、40分ハーフは1-1となった。
 35分ハーフは、こちらはフォーメーションを変え、延長戦という位置付けで戦いました。一方で相手は選手を変え、フレッシュなメンバーで臨んできました。3分には、2年MF小久保からのパスを2年FW有山が決めきり、1-0。この得点を守り切り、35分一本は1-0で勝利した。ここでも、集中力を保ち切り、守備に攻撃にいいパフォーマンスを見せられた試合になりました。
 今回の練習試合、大宮北高校は昨年のU-18リーグ戦で唯一2敗している相手でした。速い寄せ、球際、フィジカルともにとても優れており、やはり苦戦を強いられる相手でした。そんな中で、最後まで戦いきれたこと、先制点を許しても諦めず、声をかけ続けたこと。チームとしてのここまでの成長を感じ、また試合を通してチームが成長していく様子を感じました。
 来週は、月、火曜日に練習をして、水曜日からは考査期間に入ります。中間考査終了からここまでノンストップで成長し続けてきた部員たち。水曜日からはスイッチを切り替え、考査に臨むことになります。期末考査明けから、また部活に専念できるよう、考査の勉強に集中していくことになります。試合で培った集中力をここでも発揮し、ベストを尽くしてもらいたいと思います。こちらも応援よろしくお願いします。
 今回も、マネージャーが撮ってくれた写真を載せておきます。お楽しみください。

           

サッカー部 MUSANISTA #115 『秋季大会vsいずみ』

 昨日11/14(土)、大宮武蔵野高校グラウンドにていずみ高校と秋季大会を戦いました。結果は以下の通りです。

<秋季大会> vs いずみ
       4(2-0)(2-0)0 勝 利 
        【得点者】細田②(1年MF) 小久保(2年MF) 金子(2年MF)

 11/7(土)のTM vs 岩槻商業戦を挟んだこの試合。秋季大会2回戦、相手はいずみ高校。与野、いずみと3校で新人戦のシードをかけて戦ってきた、この3校リーグは既に与野高校が1位を決めており、秋季大会としては消化試合となる試合でした。しかし、今の'FC MUSASHINO'にとっては時期的にとても大切な1戦となる試合でした。
 秋季大会の1回戦では、与野高校相手に立ち上がりで失点。一方で、岩槻商業との練習試合では立ち上がりで連続得点から流れに乗って勝ち切る試合ができました。試合前には、攻撃、守備共に今まで練習、試合で意識してきたことやってきたことを再確認し、「立ち上がりから集中」を意識しながら試合に臨みました。
 9:30K.O、涼しい中で始まった試合は、まずこちらが主導権を握りました。ボールを横につないで縦に当てる、タイミングを見て裏に抜ける動き、積極的にサイドで仕掛ける等、最近練習の中で意識している動きが連動している場面が良く見られました。攻めながらもなかなか先制点をとれない中で、相手にもカウンター等でチャンスを作られ、どちらが先制点を取るか分からないまま進んだ前半33分。右サイドから駆け上がった2年MF金子のセンタリングを1年MF、左サイドで出場していた細田がニアに詰めており、練習通りの形で待望の先制点。ここで、集中していた相手も勢いを失ったか、4分後の前半37分には、練習を重ねてきたCKから2年DF加添がヘディングで折り返したところを2年MF小久保が押し込んで追加点。2-0で前半を折り返した。
 後半は、再度相手も集中力を取り戻し、攻めながらもなかなか追加点が奪えない。特に、中盤でのセカンドボールの回収、つなぎの部分でのロストボールが目につきました。それでも、何とか攻め続け後半31分。1年MF細田が決めて決定打。試合終了間際には、2年MF金子がダメ押しの4点目をもぎ取り、試合を決定づけた。終わってみれば4-0。試合を通して走り続け、声をかけ続け、集中力高く戦い切れた試合となりました。
 今回の試合は、立ち上がりから集中しており、攻撃の面では練習してきたものを形として表現できた試合になりました。また、「コーチング」や「前向きな声」の増加など、いい雰囲気の中で試合ができました。一方で、できるようになったことが増えてきたと同時に、「球際の弱さ」「クリアの不十分さ」など課題が浮き彫りとなった試合となりました。'FC MUSASHINO'にとって、一つとても自信になる、いい経験のできた今回の試合。次回は2週間後、大宮北高校との練習試合を予定しています。2週間の間にまた一回り成長して、いい試合ができるよう精進してまいります。1年生も徐々に力をつけてきた'FC MUSASHINO'。2年生もメキメキと成長しています。チームとして成長していきながら、年明けの新人戦に向け、加速してまいります。応援よろしくお願いします。
 今回も、マネージャーが撮ってくれた写真を載せておきます。お楽しみください。

           

サッカー部 MUSANISTA #114 『練習試合vs岩槻商業』

 昨日11/7(土)、大宮武蔵野高校グラウンドにて岩槻商業高校と練習試合を戦いました。今回は30分×3本の練習試合をしていただきました。結果は以下の通りです。

<練習試合> vs 岩槻商業
       1本目
        4-0
        【得点者】金子(2年MF) 細田②(1年MF) 有山(2年FW)
       2本目
        2-0
        【得点者】小原(1年FW) 細田(1年MF)
       3本目
        6-0
        【得点者】加添(2年FW) 小原③(1年FW) 洞口(2年DF) 有山(2年FW)

 学校説明会終了後、14:00K.Oで始まった今回の試合。11/3と11/14の秋季大会に挟まれたこの試合は、前回の反省を生かして相手ゴールに迫ること、また次回の試合に向けて様々なフォーメーションを試した試合になりました。2年CB秋庭を欠きバランスはいつもと違う中で、各個人がそのポジションで求められることをこなし、チームのためにできることを実行した試合となりました。
 試合は、終始こちらのペースで進みました。1本目1分に2年MF金子が先制すると、4分には今度は金子から1年MF細田が合わせ追加点。15分にはまたしても細田がCKから直接相手ゴールネットを揺らす。21分には、2年小久保が絶妙なロングパスを前線に送り、これに反応していた2年FW有山が追いつき蹴りこんで4点目。1本目は4-0で快勝した。最近の練習でテーマとしていた、連携して裏に飛び出す動きがピタッとはまり、良い動きが多く見られたいい試合となりました。最近課題となっていた、決定機で決めきる力や、声掛けも多く見られ、収穫の多い試合となりました。
 2本目は、5分に1年FW小原がカウンターからドリブルでボールをゴール前まで運び、自分で決めきり先制点。16分には、1年MF細田がドリブルで相手ペナルティーエリア内まで持ち込み、倒されてPKを獲得。これを自身で決めきり、2-0。そのまま試合は終了し、1、2本目ともに相手にシュートを1本も許さない守備でも結果を残した試合となりました。
 3本目は、相手の集中力、体力も切れてきたのか、立ち上がりから1、2、3分に、加添、小原、洞口が連続得点。9分、12分、14分にも、小原、有山、小原と追加点を奪い、6-0で勝ち切りました。左サイドハーフで出場した1年小原は、ハットトリックの大活躍。自信をつけた試合となりました。
 試合終了後には、相手の先生に「よく走るチームですね。パスをもらうのにも顔をよく出すし、パスを出した後にもすぐに次のプレーを意識した動きができている」とお褒めの言葉をいただきました。来週には、秋季大会の二回戦、いずみ高校との試合が控えています。また、チーム一丸となって戦っていけるよう精進してまいります。応援よろしくお願いします。
 今回も、マネージャーが撮ってくれた写真を載せておきます。お楽しみください。

         

 

 個人持ちユニフォームが届いたので、今回から着てみました。生徒たちも喜んで着ており、また一つ、「ONE TEAM」に近づけたのではないかと思います。ソックスのボーダーラインデザインには、顧問の「サッカーを愛する者として横縞(邪)な気持ちを持たない」という想いが込められているそうです。背番号の下には「You'll never walk alone(お前はひとりじゃない、共に戦おう)」の文字が刻まれています。

サッカー部 MUSANISTA #113 『秋季大会vs与野』

 昨日11/3(火)、大宮光陵高校グラウンドにて与野高校と秋季大会を戦いました。結果は以下の通りです。

<秋季大会> vs 与野
       4(1-4)(3-2)6 敗 北 
        【得点者】有山(2年FW) 小久保(2年MF) 加添②(2年DF)

 10月4日(日)に埼玉栄高校と練習試合をして以来、中間考査を挟んで実に1か月ぶりの試合となった今回の試合。夜中には雨が降っていましたが、当日は雨が降らず、涼しい中での12:00K.Oとなりました。3年岡部が引退してからの初めての公式戦。'FC MUSASHINO'は今後のチームのため、今までとは違ったポジションで試合に臨みました。今までやってこなかった左サイドバックで出場する選手もいれば、久しぶりにサイドハーフで戦う選手もいる不慣れなポジションの中で、求められる役割をできるか、挑戦の試合となりました。どのポジションにいても、そのポジションでチームのためにできること、やるべきことをきちんとやる、ということを確認して試合に送り出しました。
 試合が動いたのは前半4分。相手のコーナーキックから、2年GK菅原が飛び出すとキャッチミスをしてしまう。これを‭相手に押し込まれ、0-1。試合の流れはそのまま相手に。ボールは奪えても、ボールが落ち着かず、すぐに相手に奪われてしまう。前半11分にはペナルティーエリア内にドリブル侵入を許し、そのまま決められ0-2。前半13分には後ろ向きでの処理ミスから相手に3点目を献上。前半18分にはGKの判断ミスから追加点を奪われ0-4。前半始まってわずか20分の間に、4得点を許してしまう。浮足立っていた'FC MUSASHINO'も、下を向かず相手ゴールに迫る。前半19分には、初めてFWで出場した2年FW有山がスピードを生かしたドリブルから相手GKと1対1に。これをしっかりとゴール左下隅に蹴り込み、相手ゴールネットを揺らす。前半はこのまま折り返す。ハーフタイムでは、相手よりも内容はいいこと、もう一度立ち上がりから集中して試合に取り組むことを確認して後半に臨みました。後半は立ち上がりから集中しており、守り抜いていた後半61分。左サイドからのセンタリングをヘディングで決められ、1-5に。3分後、後半64分にも追加点を許し、1-6になり試合は絶望的な状況に。それでも'FC MUSASHINO'は諦めない。終了間際、後半77分には2年MF小久保が追加点を決め2-6。さらに3分後、センターライン付近でのFKを得ると蹴るは1年MF細田。ゴールに向かっていったボールは、GKが飛び出しづらい位置に飛び、絶妙なバウンド。これを2年DF加添が押し込み3-6。直後、アディショナルタイムには、またしても細田のCKから加添がボレーで相手ゴールネットを揺らす。試合が終わってみれば、4-6。前半での連続失点が悔やまれるような試合結果となりました。
 今回の試合は、「相手の攻撃への対応」というよりも、自分たちの「集中力のムラ」それに付随する「判断、瞬間的なミス」が目立った試合となりました。一方で、最近練習していたオフザボールでの動きが増えたり、選手間での声掛けが見られたりと、成長が見られた試合にもなりました。試合翌日の本日は、試合の振り返りミーティングを行い、良かった点、反省・修正点を確認して、次の試合に臨む気持ちを高めました。ミーティングの中では、センターバックでキャプテンの加添が、「前から守備をしてくれて助かった」や「カウンターでの動き出しが早くなった」など、選手ならではの試合分析を行いました。
 また一つ、悔しい試合を経験した'FC MUSASHINO'。次の試合は11月7日(土)大宮武蔵野高校グラウンドで14:00K.Oの練習試合、相手は岩槻商業高校です。午前には学校説明会があるので、中学生の皆さん、ぜひ見学をしていってください。
 今回も、マネージャーが撮ってくれた写真を載せておきます。お楽しみください。

                 

 

サッカー部 MUSANISTA #112 『 南部支部秋季大会 』

 全国高校サッカー選手権大会埼玉県予選もいよいよベスト4が決まりました。各都道府県でも今月14日を目途に代表校が続々と決定します。このコロナ禍において、ここまで高校サッカーを続けてきた高校生たちの活躍と、99回大会という節目において埼玉県代表を勝ち取るのはどこの学校なのかまったく目が離せません。

 本日より埼玉県南部支部秋季大会が始まります。埼玉県の各支部ごとに1月から行われる支部新人大会予選においての組合せ抽選シード権を争っての大会で上位大会へつながるものではありません。南部支部では参加校を8つのブロックに分けて競い合います。私たちは、3校ブロックのため2試合のみとなりますが、各ブロックで1位だった学校が新人大会予選において抽選シード権を得られます。

 私たちはこの大会、「チームの結束」を一番に掲げて挑みます。9月半ばに選手権予選で敗退してからこのひと月あまり、チームの状態は良くありません。ですが、サッカーはチームスポーツです。お互いが同じ方向に向かって気持ちをひとつにまとめ上げられなければ、試合に勝利することも叶いません。それ以上に、私たちが目指すチーム「 ONE TEAM 」にはなれません。大会期間中に試合練習を間に挟みますが、この3連戦で「チームの結束」を取り戻したいと考えています。

 FC MUSASHINOの試合予定は、以下の通りですが、ご存知の通り新型コロナウイルス感染対策で全公式戦は無観客試合となっています。選手・スタッフ以外は試合会場の中には入れませんので、観戦をご希望されている方はご理解とご協力を宜しくお願い致します。

【南部支部秋季大会 Hブロック】

 第1戦 11月 3日(火) 
                                     vs 与 野高校

 第2戦 11月14日(土) 
                                     vs いずみ高校

 TM  11月 7日(土) 
                                     vs 岩槻商業高校

 

サッカー部 MUSANISTA #111 『練習試合vs埼玉栄』

 昨日10/4(日)、埼玉栄総合グラウンドにて埼玉栄高校と練習試合を戦いました。結果は以下の通りです。

 <練習試合> vs 埼玉栄B
         ①0-0 ②0-3 ③0-3 ④1-3
         【得点者】武井(1年DF)

 天気は曇り、涼しい中でのK.O。今回は、格上である相手と30分×4本という形で練習試合をしていただきました。3年岡部が引退し、ディフェンス陣のバランスが少し変わった中での初めての試合となりました。
 4本の戦い方として、1、4本目は今までと同じフォーメーション、2、3本目は新しいフォーメーションで戦うことを試してみました。1本目は、相手の速い攻撃を何とかしのぎつつ、何本かチャンスを作って相手のゴールに攻め込んだ。ゴールは奪えなかったが、今までやってきた形で「何とか戦える」「チャンスはある」と思えた1本目となりました。
 2本目は、新たなフォーメーション、前からプレスをし高い位置でボールを奪って攻撃につなげる戦術をとりました。しかし、立ち上がり1分に相手に点を奪われ、波に乗られる。5分後には、コーナーキックから失点し0-2に。後半では、徐々に相手の集中力も低下し、何本か高い位置でボールを奪い得点のチャンスを作った。しかし、なかなか得点を奪うまでは至らず、21分には逆に相手に得点を許し、結局2本目は0-3。チャンスは幾度も作りながらも、1点も奪えなかったこと。課題だった立ち上がりで失点を許してしまったこと。苦手としているセットプレーから失点をしてしまったこと。など、多くの課題を突き付けられた試合となりました。
 3本目も、新しいフォーメーションで相手に挑む。相手は選手をほとんど変え、フレッシュなメンバーに。一方で'FC MUSASHINO'は、ほとんど1、2本目と同じメンバーで挑んだ。体力や集中力が低下しながらも、相手に食らいつく'FC MUSASHINO'。自分たちのミスによって失点を許したり、相手に寄せきれずにシュートを打たれてしまったり。攻撃面でもカウンターに出られなかったりと、厳しい試合となりました。しかし、厳しい中でも、やるべきことは実行し、あきらめず最後まで戦い続けました。
 4本目は、元のフォーメーションに戻して試合に臨む。連戦の疲れで厳しい中でも、相手に向かっていく気持ちは変わらない。14分、19分には失点をしてしまったものの、25分には2年小久保が相手コートで技ありドリブル。相手はこれをやむなくファールで止める。相手陣地で奪ったフリーキックに、蹴るのは1年MF細田。中で待つのは、ヘディングの得意な加添、小久保。果たして、蹴りこんだボールはニアサイドに飛んでいき、流れてフォアサイドへ。走りこんでいた1年DF武井がこれをボレーし、試合での初得点を挙げた。試合はその後、27分に失点。1-3で4本目は終了した。
 普段感じられないプレッシャー、速い攻撃を体験できたこと。逆に、今まで自分たちがやってきたことを確認できたこと。今できること、得意なこと、今できないこと、苦手なことを再確認できた、とてもいい練習試合となりました。実は、埼玉栄総合グラウンドは、大宮武蔵野高校からは土手を挟んだすぐ向こう側にあります。また、試合ができる日を楽しみに、練習に励んでいこうと思います。
 最後になりますが、本日も、応援に来て下さった保護者の皆さん、その他応援してくださったみなさん、ありがとうございました。夏を超え、選手権を終えて、新たな道を走り始めた'FC MUSASHINO'。今後とも成長を楽しみに、応援よろしくお願いします。

 今回も、マネージャーが撮ってくれた写真を載せておきます。お楽しみください。

         

サッカー部 MUSANISTA #110 『選手権予選ブロック代表決定戦vs川口青陵』

 本日9/20(日)、川口青陵高校グラウンドにて川口青陵高校と選手権予選を戦いました。結果は以下の通りです。

 <選手権予選ブロック代表決定戦> vs 川口青陵
         0(0-3)(0-2)5 敗 北 

 本日9:30K.O。昨年と同様、川口青陵高校で戦うこととなった今回の試合。予想していたのとはうって変わって、とても涼しい中でのキックオフとなりました。相手は格上。守備の要である2年加添を欠く中での対戦。かなり厳しい状況の中でも、選手たちは萎縮せず、堂々と試合に臨みました。
 今回は、通常の守備では守り切れないと考え、「相手のフォーメーションの要である10番を1年MF武井がマンマークする」という戦術をとりました。立ち上がりは新人戦でやった作戦を決行。相手の陣地にボールを運び、チャンスをうかがう。その後は、相手に攻められ続け、自陣で戦うことを余儀なくされながらも、球際、コーチング、1対1の対応、冷静に高い質で戦うことができました。始まってから攻められ続け、何とか守り続けていた前半9分。相手のアーリークロスにドンピシャにヘディングで合わされ、先制点を許す。しかし、'FC MUSASHINO'は崩れない。再度キックオフから攻めあがる。その後も攻められ続けるが、シュートぎりぎりのところで相手にプレッシャーをかけたり、キーパー2年菅原のファインセーブで相手に得点を許さない。しかし、前半33分。相手に追加点を許すと、その直後35分にも失点。相手の10番を1年武井が効果的に抑えるも、0-3で前半を折り返す。
 後半も前半の守備を続けると決めた'FC MUSASHINO'。しかし、後半4分に相手に追加点を奪われると、フォーメーションを変え、いつもの陣形に戻して相手に挑む。相手が蹴りこんできたボールをはじき、FWの2年金子にボールを預けると、次々と攻撃に乗り出す'FC MUSASHINO'。1点取りに行くことをあきらめない。後半17分には、相手のセンタリングから1点失うが、1年MF三浦を投入し1点取り返すことに賭ける。その後は、前からプレッシャーをかけ、相手のバックラインでのパスミスを奪って得点チャンスを生んだり、コーナーキックを奪って相手ゴールに迫ったりしました。しかしこのまま得点は奪えず、0-5で試合は終了した。
 結果的には0-5という大敗となりましたが、試合が終わった後、選手たちには「やりきった」という雰囲気が漂っていました。3年岡部は試合後すがすがしい表情で、「今までついてきてくれてありがとう。新体制でも頑張ってください」と、下級生に感謝と激励の言葉をかけました。これで3年岡部は引退。7月に1年生が入部してから、怒涛の2ヶ月半、走り抜けた'FC MUSASHINO'はこれでチームとして一区切りがつきました。
 今回は、新型コロナウイルス感染予防のため、会場内での観戦・応援は禁止されていました。それでも、会場外から応援してくれた方もいました。'FC MUSASHINO'を応援してくれた皆さん、今日もありがとうございました。連休明け水曜日からは、'FC MUSASHINO'は新体制となります。また、次の試合まで、鍛えてまいります。引き続き応援していただけると幸いです。

 今回も、マネージャーが撮ってくれた写真を載せておきます。お楽しみください。

                 

サッカー部 MUSANISTA #109 『選手権ブロック代表決定戦前日』

 選手権予選ブロック代表決定戦を明日に控えた本日、最後となる練習を行いました。アップをし、パス&ゴー、ヘディング、コーナーキックの確認、スローインの練習などを行い、最後にはゲームをして練習を終えました。卒業生が何名か練習の手伝いをしてくれ、最後には紅白戦を行って最後の調整を行いました。選手たちは、終始、和やかなムードでリラックスして練習をしていました。練習後、明日の最終確認を行い、解散となりました。
 明日は、川口青陵高校との選手権予選ブロック代表決定戦となります。勝てば県大会、負ければ3年生の岡部が引退となるこの試合。精一杯戦ってきます。明日の対戦相手である川口青陵高校は、今年度のチームで戦ってきた相手と比べると、間違いなく最も格上となる相手です。今週は、明日の川口青陵戦のため、特別な守備や攻撃の練習を行ってきました。明日は、今までやってきた成果、今週練習してきた形で、守ること、攻めることができるといいなと思います。
 明日の試合は、間違いなく厳しい試合になると思われます。今大会が最後となる3年岡部のためにも、今までこの日のために準備してきたこの日々のためにも、後悔の無いように戦って来れればと思います。選手・スタッフ一同、明日の試合に全力を尽くして取り組んでまいります。
 今回は、マネージャーが撮ってくれた練習の様子の写真があります。お楽しみください。

       

 

【連絡】
 明日9/20(日)に川口青陵高校グラウンドで川口青陵高校と戦う選手権予選ですが、新型コロナウイルス感染予防のため、観戦・応援が認められていません。結果はHPでお知らせいたしますので、結果を楽しみにしていてください。いい結果をお伝えできるよう、選手・スタッフ一同全力を尽くしてまいります。よろしくお願いします。

サッカー部 MUSANISTA #108 『選手権予選vs日高高校』

 昨日9/13(日)、大宮光陵高校グラウンドにて日高高校と選手権予選を戦いました。結果は以下の通りです。

 <選手権予選> vs日高
         2(0-1)(2-0)1 勝 利
         【得点者】三浦(1年MF) 金子(2年FW) 

 今回は、今まであまり経験のない12:00K.Oの試合。最近の天候からしてとても暑くなると予想されましたが、空は曇っており、戦いやすい天候でした。また、前日には雨で濡れていて使えなかったグラウンドも、当日は乾いておりいい状態で試合ができました。
 1年生にとっては初めての、2・3年生にとっては久しぶりの公式戦。チームとしては1月の新人戦以来、人数が11人そろっての公式戦は昨年以来でした。立ち上がりから攻め込み、コーナーキックからチャンスを何度も生み出す。球際での競り合い、コーチング、声掛け、どれも質の高いレベルで攻め続けました。いつも以上に声が多く、雰囲気のいい状態で攻め続けましたがなかなか点が奪えなかった前半終了間際。相手に少ないチャンスをきちんと決められ、0-1で前半を折り返す。
 しかし、'FC MUSASHINO'は諦めない。前半攻め続けられたこと、今まで自分たちがやってきたことに自信を持ち、後半の逆転に望みをかける。ハーフタイムでは、選手同士での声掛けが目立ち、それぞれの選手が勝利に対してできることを自分たちで実践している姿が印象的でした。そして、後半立ち上がり33秒。選手交代で投入した1年MF三浦が、相手キーパーのこぼれボールを狙っていてつついたボールを押し込み、相手ゴールのネットを揺らす。これで調子を取り戻した'FC MUSASHINO'。相手の足が止まってきたのも相まって、何度も相手ゴールに襲い掛かる。後半は、1年細田のコーナーキックも調子を取り戻し、何度もチャンスメイク。後半14分には、勝ち越しとなるゴールを2年FW金子が決め、さらに有利な展開に。その後も攻め続けるものの、追加点は奪えず、そのまま2-1で試合が終了した。
 'FC MUSASHINO'は、この勝利で、来週のブロック代表決定戦にコマを進めた。普段の練習試合とは比べ物にならないほどの準備。のしかかる緊張感。チームとしての一体感。新たな感覚をいくつも経験しての『勝利』は、選手にとってとても嬉しい経験になったことでしょう。さらに、'FC MUSASHINO'はこの勝利で、また一歩、成長できたように感じます。チームは、今週末9/20(日)にあるブロック代表決定戦に向け、また進んでいきます。

 今回も、マネージャーが撮ってくれた写真を載せておきます。お楽しみください。

         

   
 

サッカー部 MUSANISTA #107 『選手権前日』

 ついに選手権予選を明日に控えた本日、選手権前最後となる練習を行いました。本日の練習は雨でグラウンドが使えなかったため体育館で行いましたが、男子バスケットボール部の練習試合があったため、朝6時集合で練習を行いました。早い選手は5時過ぎには到着し、明日の本番に向け気合十分で練習に取り組みました。内容は、アップをし、パス&ゴー、リフティング、スローインの練習、とりかご、ステップワークなどを行い、最後にはミニゲームをして練習を終えました。選手たちは、和やかなムードでリラックスして練習をしていました。練習後、明日の最終確認を行い、解散となりました。
 明日はいよいよ、日高高校との選手権予選となります。今年は、新型コロナウイルスの影響でなかなか練習時間が取れず、1年は入部してから3ヶ月弱での初めての公式戦。2・3年生はブランクのある中でスタートしての久々の公式戦。怪我をして体調が万全でない選手や、怪我明けで体力が戻り切っていない選手等もおりますが、明日、チームとしてできる限りのことの行い、勝利に向けて戦ってきたいと思います。 
 チームとしては、昨年度8人で新人戦を戦ってから、新型コロナウイルスの影響で部活ができない期間が続きました。1年生は夏休み前まで入部できず、ろくに練習もできない状況。今年度は夏季合宿を行えず、チームとしてのまとまりもあまり醸成できない状況で練習・練習試合に取り組んできました。そんな中で、様々な経験をし、うまくいって喜び合ったり、うまくいかずに悔しかったり、心ひとつに戦えて満足したことや、逆にかみ合わずにアドバイスしあったこともありました。今年度は、U-18のリーグ戦も中止となってしまったため、唯一の3年生岡部にとっては、明日から始まる選手権が初めての公式戦で、負けると引退となる大会です。岡部は昨年度初めに、2学年1人となりましたが、それでも上の代の先輩の背中を見ながらひたむきに努力を続け、昨年度後半からは部長に。1年生を引き連れ、8人でも新人戦初戦を延長戦までもつれこませました。今年度に入ってからは、さらに先輩らしく声掛け、アドバイス、注意等、自分がひた向きに努力しながらも、周りに声をかけ、気を配れる部長でした。2年生は岡部の背中を見て成長し、さらに後輩も声をかけながら成長させてきました。1年生は先輩方に遅れを取らないよう、練習に早めに来て準備を終えて自主練したり、放課後には練習後に残って練習に励んでいます。U-18がなかった今年、初めての公式戦。今年度は選手権のために練習してきたといっても過言ではありません。
 副顧問鈴木は、「試合の結果=試合開始までに身につけた実力・準備×当日のパフォーマンス」であると考えています。チームとして、正直な話、完全な状態、仕上がった状態とは言えないかもしれませんが、ここまで時間がない中で、できる限りの練習・試合を重ね、実力は積み重ねてきたと思います。あとは明日、「冷静に丁寧に熱く戦えるか」だと考えます。明日は、グラウンドの状況がどのようになるか分からず、もしかしたら経験したことないような状況の中で試合をしなければならないかもしれません。うまくいくこともあれば、きっとうまくいかないこともあるでしょう。それでも、今までやってきたことに対し、胸を張って自信を持ち、悔いのないように戦ってこれればと思います。応援よろしくお願いします。

【連絡】
 明日9/13(日)に大宮光陵グラウンドで日高高校と戦う選手権予選ですが、新型コロナウイルス感染予防のため、観戦・応援が認められていません。結果はHPでお知らせいたしますので、結果を楽しみにしていてください。いい結果をお伝えできるよう、選手・スタッフ一同全力を尽くしてまいります。よろしくお願いします。

サッカー部 MUSANISTA #106 『練習試合vs八潮高校』


 昨日9/5(土)、大宮武蔵野高校グラウンドにて八潮高校と練習試合をしました。結果は以下の通りです。

 <練習試合> vs八潮
         0(0-3)(0-5)8 敗 北

 来週に控える選手権予選の前、最後となる練習試合となった今回の試合。ラストテストマッチとして、今までやってきたことを確認、出しきることを狙いとして取り組みました。今回の試合では、さらに「相手のバイタルエリアより前方での意識的なダイレクトプレー」も意識して取り組みました。
 今回も、立ち上がり、クーリングブレイク後、最後の10分に特に注意し、試合に臨みました。試合が始まると、相手の前からの速いプレスに苦しめられました。チームとして、今まで味わったことのない前からのプレッシング、速く質の高い攻撃に苦しみながら、何とか戦っていた前半7分。クリアミスから守備の陣形を崩され、フリーになった相手右サイドに冷静にサイドネットに蹴り込まれ、先制を許す。そのまま試合は進み、クーリングブレイク後のファーストプレー、右サイドからのクロスボールをクリアしきれず、中央につめていた相手左サイドがボレーで追加点。前半29分には、相手のコーナーキックから直接決められ、0-3。こちらは、2年MF有山を投入し点を取りにいく。しかし、なかなか自分たちのペースにできず、前半はシュート0本で折り返す。
 後半には、立ち上がりすぐに1点を決められ、厳しい展開に。その後も、集中して守り、 1点でも取り返そうと攻め続けたが試合は動かない。後半は、徐々に体力の差が表れ、クーリングブレイク後の後半27、30、32、33分に立て続けに相手に得点を許し、結果的に0-8で大敗を喫しました。
 終わってみると、今回の対戦相手は、かなり格上の相手でした。今まで試合をやってきた相手は、負けてしまった試合もパフォーマンス次第では勝てると思える相手が多かったですが、今回の試合は惨敗でした。来週に選手権予選を控え、今までない惨敗という経験が出来たことは良かったと思います。特に、点差が開き、戦況が厳しい中でも、声を掛け合い、最後まで攻め、精一杯守っている姿は、チームとして成長してきたことを感じました。今回の試合、格上の相手と戦うことで、個人としても、チームとしても、多くの課題を見つけることが出来ました。来週から始まる選手権予選に向け、できる限りのことをして、準備していこうと思います。応援よろしくお願いします。

 今回も、マネージャーが撮ってくれた写真を載せておきます。お楽しみください。

        

 

【連絡】
 来週9/13(日)に大宮光陵グラウンドで日高高校と戦う選手権予選ですが、新型コロナウイルス感染予防のため、観戦・応援が認められていません。結果はHPでお知らせいたしますので、結果を楽しみにしていてください。いい結果をお伝えできるよう、選手・スタッフ一同全力を尽くしてまいります。よろしくお願いします。

サッカー部 MUSANISTA #105 『練習試合vs浦和麗明高校』

 昨日8/30(日)、大宮武蔵野高校グラウンドにて浦和麗明高校と練習試合をしました。今回も、40分ハーフの試合を行いました。結果は以下の通りです。

 <練習試合> vs浦和麗明
         2(1-1)(1-0)1 勝 利
         【得点者】細田②(1年MF)  

 夏休みが明け、授業が始まった先週。選手権予選を2週間後に控えて、行った今回の試合。試合の狙いは今まで通り、「攻撃」「守備」「切り替え」のポイントを抑えて試合に臨みました。また今回は、1試合通しての戦い方、特に「集中・注意する時間帯」を共有認識として持って戦いました。特に、試合開始の立ち上がり10分。終わりの10分。それに、クーリングブレイク後の5分。チーム一丸となって、集中して取り組みました。
 今回は、最初プレッシングを行う守備から始め、相手の様子を見て戦術を変える作戦でいきました。チームとしては、試合の入りから集中が続き、球際の競り合いをし、コーチング・声掛けが積極的になされていました。相手のプレッシングの速さに苦戦しながらも、何とか集中して攻め続けた前半11分。左サイドの1年MF三浦から、1年MF細田へのパス。これを細田が決め、1年コンビで先制点をもぎ取る。その後は、守備ではロングボールへの対応で四苦八苦しながらも何とかしのぎ、攻撃ではチャンスを作りながらも自分たちのゴール前のミスで得点を決めきれませんでした。そんなことをしている間に、前半32分。注意するべき時間帯に、相手に得点を決められ、試合は振り出しに。
 後半に入っても、'FC MUSASHINO'は攻撃の手を緩めない。久しぶりに戦線に復帰した2年MF金子が左SHで出場し、存在感を発揮。相手の体力が落ちてくる中で、集中力、プレーの質をキープし、何度もチャンスを生み出す。後半も終わろうとしていた37分、1年MF細田が待望の追加点。細田はこの日、2本シュートを打って2本とも決めるという大活躍。この試合を決定づけた。
 2年MF金子が戻ってきて、2・3年生が久しぶりにフィールドの大部分で出場した今回の試合。今までとは比べ物にならないほど、声も出ており、『チームとしての一体感』を感じました。チーム一丸となって試合に向かっていく姿勢、最後の最後まで諦めず戦い抜く体力・精神力。顧問の阿部は試合後、「この夏やってきたことが、成果として表れてきている」と評しました。この夏休みが始まる前、1年生はほとんど高校での練習ができず、中学校から上がってきたままの状態。2・3年も人それぞれではありますが、新型コロナウイルスの影響でブランクがある中でのチームスタートでした。1年生は、夏休みの練習・試合ともにほとんど休まず、ハードな練習に耐え抜いてきました。2・3年生は、自分の感覚を取り戻し、スキルアップをしつつ、1年生を育ててここまでやってきました。夏の暑い練習の前後に、「走り」のトレーニングをしたり、連日試合・練習・試合などハードな中で精神力も鍛えてきました。その成果が、少しずつ、少しずつ、表れてきました。
 選手権予選一回戦まであと2週間。サッカー部唯一の3年岡部にとっては、高校生最後の公式戦になります。選手、スタッフ一同、気を引き締めて、最終戦までの準備、試合当時に臨む所存です。今後とも応援よろしくお願いします。 
 最後になりますが、本日も、応援に来て下さった保護者の皆さん、その他応援してくださったみなさん、ありがとうございました。夏を超え、一皮も二皮もむけて成長を遂げた'FC MUSASHINO'。今後とも成長を楽しみに、応援よろしくお願いします。

 今回も、マネージャーが撮ってくれた写真を載せておきます。お楽しみください。

             

サッカー部 MUSANISTA #104 『練習試合vs新座柳瀬高校』

 昨日8/22(土)、大宮武蔵野高校グラウンドにて新座柳瀬高校と練習試合をしました。今回も、40分ハーフの試合を行いました。結果は以下の通りです。

 <練習試合> vs新座柳瀬
         2(1-0)(1-1)1 勝 利
         【得点者】細田(1年MF) 児島(1年FW) 

 夏休み最後になったこの試合。この夏休みのポイントとしてやってきた、「攻撃」「守備」「切り替え」の総仕上げとして試合に取り組みました。『顔をあげてアイコンタクトを取ること』『ボールと近い距離で関わりを持つこと』『1対1の対応』『ワンタッチでのクリア』など、試合をしていく中で意識してきたことを、相手が変わっても徹底していくことを確認し、試合に臨みました。また、前回の鳩ケ谷戦では、攻めてチャンスを作っていながらも前半で1本しかシュートがなかったことにも触れ、積極的に点を取るイメージを持つように伝えました。
 今回も試合の入りから集中が続き、球際の競り合い、コーチング・声掛け、切り替えの速さ、どれも高い水準で取り組めていました。前半の8分には、1年MFの細田がドリブルで仕掛けたところを相手にペナルティーエリア内で倒され、PKを獲得。これを、細田が冷静に決めて先制点を奪う。前半は終始集中しており、特に相手のロングキックへの対応、相手の足元に入った時のディフェンスなど、守備の面で1人1人が集中して狙いを持っていたと感じました。攻撃面では、引いて守る相手に四苦八苦しながらも工夫し続け、何とか突破口を見出そうといしていたのが印象的でした。
 後半に入ると、相手がフォーメーションを変えてきたのに対応するため、少し手間取りました。前からのプレスも多くなり、後半11分にはバックラインでのパスミスから1点を献上し同点に。試合が振出しに戻り、体力は残っているはずの中、集中力が徐々に低下してしまいました。後半の20分、クーリングブレイクで選手交代し、1年FW児島が久しぶりの試合復帰。攻撃の流れを変え、後半の24分にはその児島が勝ち越しとなる得点を挙げる。その後は、何とか守り切り、2-1で勝利を収めることができた。
 今回も40分ハーフの後、30分1本の試合をさせていただきました。結果は以下の通りです。

  <練習試合> vs新座柳瀬
         1-0 勝 利
         【得点者】細田(1年MF)

 40分ハーフを戦った後でも、足がつったり、足が止まったりすることなく、この夏成長してきたことを実感するような試合になりました。
 今回の試合、集中してできていた時間帯には、いままでやってきたことをしっかりとできていた試合でした。さらにそれだけでなく、試合の中で工夫し、新たなことに挑戦しようという姿勢が見え、以前できなかったことができるようになっていることに驚いたり、各選手の新たな長所を発見することができました。一方で、やはり一度集中力が切れると立て直すのが難しいところに、改善点が見られました。8/30、9/5に予定している練習試合でしっかりと修正、改善し、選手権予選に臨みたいと思います。
 
 今回も、マネージャーが撮ってくれた写真を載せておきます。お楽しみください。

     

  

 

サッカー部 MUSANISTA #103 『練習試合vs鳩ケ谷高校、大宮開成高校』

 本日8/19(水)、鳩ケ谷高校グラウンドにて鳩ケ谷高校、大宮開成高校と練習試合をしてきました。今回も9/13の選手権を見据えて、40分ハーフの試合を行いました。結果は以下の通りです。

 <練習試合> vs鳩ケ谷
          2(0-1)(2-0)1 勝 利
         【得点者】小原(1年FW) 三浦(1年MF)

 連休明けの練習を1日挟んで臨んだ今回の練習試合。コロナ明けの練習で「攻撃」「守備」と取り組んできた'FC MUSASHINO'。今週は「切り替え」強化週間として、「ボールを失ったらすぐに相手にプレスをかける」という共通認識で試合に臨みました。試合前には、「攻撃」のポイントとしては『顔をあげてアイコンタクトを取ること』『ボールと近い距離で関わりを持つこと』、「守備」のポイントとしては『1対1の対応』『ワンタッチでのクリア』を確認し、狙いを持って試合に入りました。
 前半は試合の入りから集中が続き、球際の競り合い、コーチング・声掛け、切り替えの速さ、どれも高い水準で取り組めていました。前半は、右サイド、左サイドから幾度となくチャンスを作るものの、決めきれなかった前半終了間際。守備のほころびを突かれ、相手に先制点を許してしまう。ボールを長い時間支配しチャンスは何度も作っていたものの、シュートは1回のみ。いくら押していても、点を決めなければ勝てないのがサッカーというスポーツ。少ないチャンスをものにされ、0-1の負けた状態で半分を折り返す。ハーフタイムには、「後半もこの集中力を続けること」「積極的に点を取りにいくこと」を確認し、後半に臨みました。
 後半は入りにはミスが何度かあり浮足立っていましたが、徐々に相手の体力が削られ、次第に優位に試合を進められるようになりました。後半11分には、1年FW小原が絶妙な飛び出しから同点弾。直後後半13分には、サイドチェンジから1年MF三浦がピタッと足元にトラップし、相手をかわして冷静にシュートを決め勝ち越し点。その後はチャンスを作りながらも点を決めきれず、相手にも何度かチャンスを作られながらも両チーム点を取れずにそのまま試合終了。久しぶりの勝利とともに、新チームが始まって初めての「逆転勝利」となった。

 その後、大宮開成高校と30分1本の練習試合を行いました。結果は以下の通りです。
 
 <練習試合> vs大宮開成
         1-2 敗 北
          【得点者】小原(1年FW)

 3本目だったこともあり選手には疲労が見られましたが、選手権の「延長戦の練習」という位置付けで取り組みました。3本目は、守備の面でも、攻撃の面でも、ポイントを外してしまう場面も多くありましたが、最後の最後まで切れることなく精一杯戦いました。結果は負けてしまいましたが、いい練習となりました。

 本日の練習試合、1試合通して高い集中力で高い質を保ったプレーをすることができました。チームとして戦い抜くために不可欠な、コーチング・声掛けも良く聞こえてきました。1試合通して集中できたこと、逆転勝利を収めたことは、選手の自信につながりました。一方で、顧問の阿部は、「後半、相手の足が止まってきていたのに2点しか取れなかったと考えよう」「これで満足していてはダメだという視点も持ってほしい」と選手に伝えました。副顧問の鈴木は、試合の内容は「実力×パフォーマンス」で決まると考えています。今日の試合は、実力は拮抗していましたが「パフォーマンス」の面で勝って勝ち切れた試合であると考えています。最後のミーティングでは、パフォーマンスを磨きながらも実力もつけていって、9/13の選手権予選日高戦に臨もうということを確認して、解散しました。
 練習の中でも、試合の中でも、挑戦し、工夫し、成功し、失敗し、日々着実に成長を続ける'FC MUSASHINO'。まだ応援に来たことがない人は、ぜひ1度見に来てください。1度見に来てくれたことがある方は、また一段とし成長した姿を見に来てくださると幸いです。

 今回も、マネージャーが撮ってくれた写真を載せておきます。お楽しみください。

        

 

【連絡】
 8月29日(土)には学校説明会が予定されています。説明会自体は予約が必要で、既に上限に達したために申込は終了していますが、部活動見学は自由にできます。当日は、翌日の浦和麗明戦に向けて9:00から練習をしています。試合を自由に応援・見学をしていただいても構いませんが、練習時であれば練習の雰囲気を感じたり、顧問に学校や部活の状況を直接聞くこともできます。ぜひ、この機会をご活用ください!

サッカー部 MUSANISTA #102 『北部サッカーフェスティバルvs大宮東高校、大宮光陵高校』


 昨日8/14(金)、堀崎公園グラウンドにて北部サッカーフェスティバルに参加し、大宮東高校、大宮光陵高校と戦ってきました。結果は以下の通りです。

 <北部サッカーフェスティバル第1戦> vs大宮東
         0(0-1)(0-0)1 敗 北

 毎年、堀崎公園グラウンドにて行われている北部サッカーフェスティバル。堀崎公園のグラウンドは人工芝で、めったにできない人工芝のグラウンドで試合できることに選手たちも気合が入った様子で試合に臨んでいました。第1戦は大宮東高校相手に9:30K.O.で始まりました。今週は守備強化週間、組織的な守備を心掛けるよう確認し、試合が始まりました。暑い中でのこの夏初めての40分前後半の試合、クーリングブレイクを入れて20分×4のイメージで、1本1本集中して取り組みました。前半の前半20分、声を掛け合い、組織的な守備で0点に抑えます。一方で、チャンスも何度か作り出していましたが、決めきれずそのままクーリングブレイクへ。前半の後半20分、始まってすぐに守備のスキを突かれ、チャンスをものにされて0-1へ。残り時間でも、しっかりと守りを固め、カウンターで何度かチャンスを作るものの、やはり決めきれずに前半はそのまま0-1で折り返す。ハーフタイムには、守備をこのまま続けること、最後には点を取らないと「勝利」はないことを確認し、後半に臨みました。後半には、相手はほとんどの選手を交代し、フレッシュなメンバーにしてきました。それでも、'FC MUSASHINO'はやることは同じ。守備を固め、カウンターで得点機会をうかがいます。それでも、得点が奪えなかった後半も残り15分。ギアチェンジを敢行。先日練習しておいた「前からのプレス」の守備に変更した。前からのプレスで、高い位置でボールを奪い、後半にも何度かチャンスを作ったが、点を奪いきれずそのまま試合終了。0-1で敗北することとなった。結果は負けてしまったものの、40分の前後半、1試合を通して高い集中力を維持できたことは、彼らのいい経験となったし、今後の自信となることだろう。

 この日は、第1戦終了から50分後、次の大宮光陵高校との第2戦が控えていた。試合終了直後から日陰に移動して休憩を取り、ミーティングをしました。このミーティングでは、第1戦よく戦ったこと、反省点の確認、第2戦も集中して戦いきることを確認して試合に臨みました。結果は以下の通りです。

 <北部サッカーフェスティバル第2戦> vs大宮光陵
         1(0-4)(1-1)5 敗 北
         【得点者】細田(1年MF)

 第2戦は、連戦である上に出場選手はほとんど同じ。第1戦の疲労が残った上での試合となりました。対して相手の大宮光陵高校は1試合目。始めから差のある状態で始まった。前半8分、注意していたセットプレーから失点。その後の時間帯は集中して守っていたが、前半に1点を追いつこうと攻撃的な布陣にした途端、35分、38分、40分に3点を献上。何度もチャンスは作っていたものの、点は取り切れず前半は0-4で折り返した。ハーフタイムには、「前半は集中して守っていたものの、個々のミスで失点に繋がっていた」ことを確認し、「後半も組織的な守備を続けること」「得点を3点取ってくること」を目標に臨みました。後半は、再度守備の意識も高くなり、得点チャンスを生かすことで1点をあげることができました。結果は後半だけを見れば1-1。試合全体を通しては1-5で敗北する結果となったが、40分の4本目という意味では、最後の最後まで集中して戦いきることのできた試合となった。

 今回の北部サッカーフェスティバルは、この夏初めての40分ハーフでの試合を経験し、さらにそれだけでなく2試合連戦という厳しい戦いを経験しました。その中で、
①40分ハーフの試合感
②暑さの中での連戦をこなす精神的強さ
③組織的な守備の共通意識
④1年生におけるパスの選択肢
⑤競り合いや球際の課題
⑥攻守の切り替えの甘さ
⑦個々の弱点・課題
⑧チームのメンタリティ(2年は1mm逞しく、1年は一生懸命に)
⑨体力作りの大切さ
など、多くの収穫を得ることができた試合となりました。試合の中、ハーフタイムには、選手間で戦術に関するアドバイスや相談の声も積極的に聞こえ、いい雰囲気で試合に取り組むことができていたことも、成長だと感じました。試合が終わった後には、負けてしまったことに対して「悔しい」と口々に漏らしており、次の試合に向けた練習に前向きに向かえるような雰囲気を感じました。解散前のミーティングでは、今回の悔しさを忘れず、選手権予選に向け後悔の無いように練習に取り組むよう伝えました。

 最後になりますが、本日も、応援に来て下さった保護者の皆さん、その他応援してくださったみなさん、ありがとうございました。夏休み、練習・練習試合をするたびに経験を積み、感覚を取り戻し、新しいことを吸収して急成長を続ける'FC MUSASHINO'。今後とも成長を楽しみに、応援よろしくお願いします。

 今回も、マネージャーが撮ってくれた写真を載せておきます。お楽しみください。
P.S. 最近はマネージャーも練習・練習試合を通して手際よく、周到に仕事をしてくれています。練習では、氷・飲み物の準備、ビブスの洗濯、球拾い、練習用具の片づけ、怪我人のケアなど。試合では、持って行くものの準備確認、試合時間の管理・試合内容の記録、選手が飲むドリンクの管理、などなど。ここに挙げきれない、たくさんの仕事をしてくれています。マネージャーの成長にも喜びを感じつつ、日々の仕事ぶりに感謝を述べ、今回のボヤキを締めさせていただきます。

 

        

サッカー部 MUSANISTA #101 『練習試合vs蕨高校』

 昨日8/12(水)、大宮武蔵野グラウンドにて蕨高校と練習試合をしました。結果は以下の通りです。

 <練習試合> vs蕨
         0(0-2)(0-1)(0-1)4 敗 北

 相手の蕨高校は、3年生は10人程度残っているチーム、1・2年生も合わせてチームで70人程度いるというチームでした。今年度は、新型コロナウイルスの影響でU-18のリーグ戦は行われていませんが、行われていたならば県の2部リーグという同じ土俵で戦うべき相手と練習試合を行いました。暑い中で30分3本の試合、今回は守備を重点的に強化するという目標を持って取り組みました。
 1本目は、「前線からのプレスを強くし、高い位置でボールを奪い、攻撃につなげていく」という戦術をとってみました。試合の中では、前線からボールを奪いシュートまで持ち込めた場面が何度かあり、先週の練習の成果が少しずつ現れているのが見て取れました。また、バックラインでのボール回しも効果的にできていた場面も多くありました。一方で、守備の面ではスキを突かれてしまい、2点を失点してしまう結果となりました。コンビネーションでのわずかなミス、ゴール前でのわずかな気の緩みが失点を生むというのが、サッカーというスポーツです。守備での連携はもちろんのこと、精神的な成長も必要であると感じた試合となりました。
 2本目は、「前線からはプレスを強くかけず、引いて守ってカウンターを狙う」という戦術をとってみました。新人戦でもとったこの戦術は、2・3年生は熟知していて対応していました。しかし、4・5・6月に活動できなかった1年生は体力的にも、技術的にも、高校生のレベルで戦うのにはまだ難しいように感じました。1年生には、どんどん試合に出場し、経験を積んでいってもらいたいところです。また、2・3年生も自分のプレーだけでなく、1年生の成長にも寄与してもらう必要があります。どんどん声をかけて、チームを前向きに成長させていってほしいです。
 3本目は、体力がなくなってきたところで走り切れなくなったり、集中力が低下してきたところでミスが多くなったりでボールをすぐに失ってしまい、リズムがうまく作り出せませんでした。そういう状況になると、リズムを取り直せないのが今のチームであることが浮き彫りになった試合となりました。昨年度のチームも同じようなところがあり、試合を通じ耐えて耐えて精神的に成長したところで、徐々に試合に勝てるようになってきたということを思い起こしました。今年度のチームも、声を掛け合って自分たちから質の高いプレーが長く続くように成長していくことを期待します。
 全体を通しては、良く守り切った試合という印象でした。自分たちのミスからの失点はありましたが、1・2本目は集中してチームの戦術に取り組めていました。1年生にとっては、初めての戦術で、戸惑う場面もあったとは思いますが、この早い時期に様々な戦術の経験をできたことは、必ずや今後の彼らのためになったのではないかと感じます。まだまだまだまだ急成長中の'FC MUSASHINO'。明日8/14(金)は、堀崎公園にて、北部サッカーフェスティバルに参加してきます。1日で40分の前後半を2本戦わなくてはいけない大変な1日になるとは思いますが、精一杯戦ってまいりますので、応援よろしくお願いします!
 今回も、マネージャーが撮ってくれた写真を載せておきます。お楽しみください。

        

サッカー部 MUSANISTA #100 『テリヤカップ』

 8/7(金)、8/8(土)と、2日連続でテリヤカップに参加してきました。テリヤカップは、今年は熱中症予防や、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、25分ハーフで開催されました。1日目(8/7(金))は、獨協埼玉高校と松伏高校で10:30K.O.で試合が始まりました。結果は以下の通りです。

 <テリヤカップ> vs獨協埼玉
         0(0-1)(0-2)3 敗 北

 昨年から3年生に混じって試合に出ていた、加添、金子を欠く中で、3年生は岡部の一人、1年生が約半数のチームで挑んだテリヤカップ。1戦目は、声を掛け合うこと、攻守の切り替えを早くすること、球際で厳しくいくこと、などを確認し、試合に臨みました。試合開始から、キーパーの菅原、3年の岡部を中心に声が出ていて、いい雰囲気で試合に入ることができました。しかし、相手は3年生も多くいるチーム。徐々に経験の差、細かい技術の差が大きく見られるようになりました。相手は、ボールを奪うと、ディフェンスラインで右に左にボールを回し、効果的な縦パス、素早いフォローで次々とチャンスメイクをしてくる。逆に、'FC MUSASHINO'はボールを奪っても、縦に急いだプレーが多くなってしまい、相手にすぐにボールを奪われたり、FWとDFの間が間延びした状態での守備になってしまい、自ら首を絞める展開になってしまいました。獨協埼玉戦では、自分たちがやりたいサッカーを相手にやられ、苦しい試合になってしまいました。しかし、今の自分たちの課題が浮き彫りになった、いい試合になりました。
 その後、越谷南高校とも、25分1本で練習試合をやらせていただきました。結果は以下の通りです。

 <練習試合> vs越谷南
           2-0 勝 利
         【得点者】児島(1年FW) 細田(1年MF)
    

 この試合では、獨協埼玉戦とはうって変わって、一方的に攻める展開になりました。1年生の児島、細田からも得点が生まれ、1年生の自信につながる、いい試合となりました。試合の中でも、余裕を持ってプレーできることにより、先輩からのアドバイスなども試合中、後にも聞こえる展開となりました。

 

 2日目(8/8(土))は、越谷東と吉川美南高校で10:30K.O.で試合が始まりました。結果は以下の通りです。

 <テリヤカップ> vs越谷東
         0(0-0)(0-1)1 敗 北

 試合前には、前日の反省として、1年生に以下のような話をしました。
①試合内での具体的プレーについて
 (1)どういう意図を持ってDFラインで横にパスを繋いでいるか
 (2)球離れを早くする意味
②勝つ選手(チーム)にあるもの
 チームの目標としては、前日を受けて、以下のような確認をして、試合に臨みました。
①声を掛け合う
②攻守の切り替えを早く
③運動量を多くする
④スローイン、CKの攻守を大事に
⑤ゴールキックを繋いで始める

 前半は、昨日よりもボールを落ち着かせながらパスを繋ぐ場面もありました。サイドから突破や中央の縦関係から良い形も何度か演出。相手の様子をうかがいながら、こちらのタイミングで勝負を仕掛けるという、良いペースで試合を進めることができました。ミスはまだ多いものの昨日よりは減っており、前半は現チームでは最高に近い、質の高いプレーができていました。しかし、後半には、中力の低下が見られ、全体的な質が落ちました。体力的にはまだ残っていたはずですが、動き出し・準備・判断・精度・ポジショニングなど様々な部分で質が低下しました。ただチームの半数以上がひとつ下以上の学年と考えると、失点場面以外は頑張れたのではないかと思います。
 
 2日目も、練習試合を頼み、吉川美南高校と20分2本で練習試合を行いました。結果は以下の通りです。

 <練習試合> vs吉川美南
          0(0-2)(0-5)7 勝 利
        【得点者】細田③(1年MF) 有山②(2年MF) 三浦(1年MF) 児島(1年FW)

 2試合目の試合直前には、1試合目を受け、以下の確認をして、試合に臨みました。
①試合の間隔が空いたがもう一度集中し直して
②ボールを持ったときに少しスピードを落としてやってみるといい
③ゴールキックは繋いで
 試合内容としては、相手のプレッシャーが緩んだところをうまくついて、ボールを自由に回せる場面が多く、やりたいプレーができる展開となりました。試合後には、顧問の阿部が、
「相手が変わって、スピードやプレッシャーが変わっても同じようにプレーが出来るようになろう。1年は今日の話をすごく意識してやれていた。昨日よりも良かった。一方で、2年は上級生として声でもプレーでも引っ張って行かないといけない。お前たちが1年の良いところを引き出してあげるプレーをしないといけない。お前たちが自分のプレーのことしか考えられなくなったらこのチームは絶対に勝てない。先輩らしいプレーを。」という言葉で部員を鼓舞しました。
 この2日間テリヤカップに参加して、チームとして個人として、「何が今できるか(何が得意か)」また、「何が今できないか(何が課題か)」ということが明らかになりました。部員一人一人も、次の目標を感じ、進めべき方向を定めることができた試合になったと思いました。

 この2日間、暑い中で協力・応援してくださった皆様ありがとうございました。新生'FC MUSASHINO'はまだまだ始まったばかり。夏休みを越えて、急成長していく'FC MUSASHINO'の変化を、是非お楽しみに。そして、また応援をよろしくお願いします!

 今回も、マネージャーが撮ってくれた写真を載せておきます。お楽しみください。

 

           

 

 P.S.昨年4月に始まりましたMUSANISTAも、今回めでたく#100を迎えることとなりました。部員はもちろんのこと、練習試合をしに行ったときに相手先の顧問の先生が見てくださっていたり、中学3年生が見て興味を持って見学に来てくれたり、卒業生が見て今の状況を確認してくれ、アドバイスに来てくれたり。MUSANISTAを続けていて良かったと思う場面が何度もありました。今後も続けて参りますので、こちらも応援をよろしくお願いします。

サッカー部 MUSANISTA #99 『OB戦』『練習試合vs浦和商業高校』

 先日8/2(日)には、この3月に卒業したOBを招いて、OB戦を行いました。U-18リーグ3部優勝、2部昇格を果たした先輩方の胸を借りて、試合を行いました。結果は以下の通りです。

 <OB戦> vs3月卒業OB
         3(0-2)(1-3)(2-3)8 敗 北
        【得点者】金子(2年FW) 児島(1年FW) 細田(1年MF)

 3月卒業のOBは、部活引退後運動量も減り、体力は減っていたので後半に向かうにつれ辛そうでした。それでも、3年の積み重ねはすごかった。体格の違いからくる球際でのチャージ、スピード、一つ一つのテクニック、どれをとっても今のチームを圧倒する力を見せてくれました。今の'FC MUSASHINO'は、一人一人が目指すべき目標の高さを改めて肌で実感することができた試合となりました。応援・見学に来てくれた方々も多く、改めて昨年度のチームが愛されていたことを感じました。応援・見学に来てくださった方々、ありがとうございました。


 8/3(月)には、練習をはさみ、昨日8/4(火)には、大宮武蔵野グラウンドにて浦和商業高校と練習試合をしました。結果は以下の通りです。

 <練習試合> vs浦和商業
         1(0-0)(0-0)(1-0)0 勝 利
        【得点者】児島(1年FW)

 昨日の試合は、かなり日差しの強い、暑い中での12:00K.O.の試合となりました。9/6(日)から始まる予定の選手権予選は、1日に組まれた時間設定のうち、2戦目に当たると12:00K.O.になります。それを見据えた今回の時間設定でした。コロナ明けからの練習試合は、今のところすべて30分×3本で行っており、選手の体調、コンディションに十分注意して行っています。しかし、時間が短い中でも、やはり集中して最後まで戦い切る力は、まだ無いように感じました。さらに、実際に公式戦となれば、40分の前後半を戦わなくてはなりません。暑い中でも、十分に対策し最後まで戦い抜く力をつけていけるよう、練習の中でも運動量を増やしていくつもりです。
 試合の中身としては、終始攻めてはいましたがボールが落ち着かず、蹴り合いのような内容になってしまいました。また、ゴール前までボールは運べるものの、シュートが枠に飛ばず、決定力不足であることも感じました。何より感じたのは、個々人のレベルでは狙いを持ってプレーできていたものの、'チームとして'狙いを持って「守備」「攻撃」の連携を取れた部分が少なかったことです。前からプレスをするものの、後ろからのコーチングがなく、どこでボールを奪うかの共通認識がないこと。攻撃面でも、練習で行っていたダイレクトプレーがあまり見られなかったこと。相手のサイドが開いているにもかかわらず、有効に使いきれなかったこと。今後、さらに成長して無意識にもチームの連携が見られるチームになっていくことを期待します。
 まだまだ成長中の新生'FC MUSASHINO'。この夏は短いですが、1日1日の練習、練習試合を無駄にせず、着実に前に進んでいこうと思います。今後も応援よろしくお願いします。今回も、マネージャーが撮ってくれた写真を載せておきます。お楽しみください。

        

サッカー部 MUSANISTA #98 『練習試合vs大宮光陵高校』

 昨日、7/31(金)終業式後に、大宮武蔵野グラウンドにて大宮光陵高校と練習試合をしました。結果は以下の通りです。

 

 <練習試合> vs大宮光陵
         7(1-1)(2-0)(4-0)1 勝 利
        【得点者】小久保(2年MF) 加添③(2年MF) 金子②(2年FW) 児島(1年FW)

 

 新型コロナウイルス感染防止のため、新学期からここまで、試合はおろか練習も満足にできませんでした。久しぶりの試合は、1月18日の新人戦を最後にして、実に半年以上ぶりの試合となりました。
 7月に新入生を迎え、初めての試合になったこの試合。2・3年で11人いない'FC MUSASHINO'は、新入生もしっかりと戦力に取り入れた形で、練習試合に臨みました。1本目は、コーナーキックから失点したものの、2年MF小久保の見事なミドルシュートにより、試合を振り出しに戻す。2本目以降はフォーメーションを変え、より攻撃的な布陣で試合に臨みました。2本目では、1年生MFの細田からのセンタリングを2年MF加添が冷静に決めたり、2年生FWの金子が相手のミスを逃さず冷静に決めきったり、新入生に先輩の存在感を存分に示しました。3本目では、2年生DFの洞口がオーバーラップをしてあげたボールを、1年生児島が決めるなど、1年生からも得点が生まれました。
 今日の試合は、久しぶりであることもあり、選手全員が生き生きと戦っていたことが印象的でした。2・3年は久しぶりにチームメイトと声をかけながらの試合。ボール際の粘りもあり、一体感が感じられました。1年生は高校に入ってからの初めての試合。初めてでありながら、怖気づかず、果敢に攻めていたのが印象的でした。どの選手も輝くものがあり、今後の練習の中で磨き甲斐のある選手ばかりであると感じました。また、今後、練習を通していく中で、先輩後輩の垣根を超え、一つのチームとして成長していく姿を想像すると、とても楽しみです。今回も、マネージャーが撮ってくれた写真を載せておきます。お楽しみください。

 

 明日8/2(日)には、年度末から延びに延びたOB戦を予定しています。大宮武蔵野高校グラウンドにて、10:00K.O.で行いますので、新旧サッカー部の勇姿をぜひ応援・見学に来てみてください。