MUSANISTA -活動日誌-

サッカー部 MUSANISTA #148 『 部活再開まで秒読み 』

 月曜日、火曜日で令和3年度埼玉県公立高校入学者選抜学力検査の採点が実施され、今日から在校生は再び学年末考査の後半戦が始まりました。残りはあと明日を残すのみ。年度を締めくくる考査として、最後まで精一杯取り組んでくれることを期待します。
 考査が終わればすぐに、延びに延びてしまった新人戦がついに始まります。緊急事態宣言はまだ明けていませんが、3/14(日)に予定している大会まで、すでに2週間を切っています。明日で学年末考査が終了するので、サッカー部はさっそく明日から部活を再開する予定です。実に一か月ぶりとなるサッカー部の活動。新人戦に向けて、フルスロットルで準備してまいります。新型コロナウイルス感染予防のため、観戦・応援が認められていませんが、結果はHPでお知らせいたしますので、結果を楽しみにしていてください。いい結果をお伝えできるよう、選手・スタッフ一同全力を尽くしてまいります。


 さて、今日3月3日といえば、「ひな祭り」です。少しひな祭りについて調べてみたので紹介します。

≪3月3日のひな祭りの起源とは?≫
 西暦300年ごろの古代中国で、「上巳節(じょうしせつ・じょうみせつ)」という区切りがありました。もともと上巳(じょうし・じょうみ)とは、旧暦3月の最初の「巳の日」のことでしたが、年により日がずれるために3月3日に定められました。春を寿ぎ(ことほぎ)、無病息災を願う行事として定着していたようです。ちょうど季節の変わり目であるこの頃は体調を崩しやすく、邪気が入らないようにと沐浴して禊(みそぎ)をしたりしていました。日本へは遣唐使が上巳節を伝え、宮中行事として取り入れらたところから始まりました。

 穢れを払う意味合いで、紙や薬草で作った「ひとがた」で体を撫で祓い、穢れを移した「ひとがた」を川や海に流すようになりました。現在でも地方によっては「流しびな」などの形で残っている場合がありますね。

 

≪ひな祭りは平安時代のおままごとだった?≫
 平安時代になると、宮中や貴族の子どもの間で人形遊び(ままごと)が流行になりました。ままごとは「飯事」と書き、ご飯を食べるところやお祭りの情景などを紙人形で再現して遊ぶ、ということが現在のおままごとの起源とする説も。この遊びを、飯事という言葉とは別に「小さい、かわいらしい」「大きいものを小さくする」という意味の「雛」「ひいな」という言葉を用いて「ひいな遊び」「ひいな人形」と呼ばれました。

 やがて「ひいな遊び」が武家社会まで広がると、5月5日が男の子の節句であることの対として、3月3日は女の子の節句として浸透していきました。またそのころ開花時期の花である桃は、古代中国から邪気を払う神聖な樹木、花として大切にされてきました。実は食べると不老不死の仙人になれるとか、花も邪気を払うと言われていました。葉もまた漢方薬などに利用されてきたため、桃の花を飾ったり、室町時代には桃の花を浮かべた桃花酒というお酒が飲まれていました。このお酒は、飲むと顔色がよくなったり、体の悪い所を持って行ってくれたりするなどの効果があると信じられていたのです。

 人形を作る技術が発展するに伴い、ひな人形は流すものから飾るものへと変化を遂げました。江戸時代初期には男女一対の人形にお供えする行事食のみだったものが、わずか100年ほどの間に、7段飾りなどの豪華なひな人形が出てきたのです。一対の人形だけだったものが、お供が増え、お道具が増えていきました。当時、名のある大名は女の子が生まれたらすぐに雛道具の準備に取り掛かったと言われています。それらは本物の牛車や籠、漆器などを再現したミニチュアで、ひな祭りの日はそのお道具を使っておままごと遊びをしたと言われています。上巳の節に子供の健康や厄払いを男女一対の人形に託したところから発展していったのですね。

出典:Webサイト『LOVEGREEN』
https://lovegreen.net/botanicallife/p77608/

 このように行事の歴史に触れてみると、いろいろと感じるところがありますね。まさに今の「新型コロナウイルス感染症」の流行の状態に直面すると、「ひな祭り」の起源にあやかって、「穢れを払」ってほしいものですね。みなさんも、油断せず、新型コロナウイルス感染症対策に取り組んでいきましょう。

サッカー部 MUSANISTA #147 『 2021シーズン到来 』

 2月26日(金)令和3年度埼玉県公立高校入学者選抜学力検査が実施されました。本校では、面接試験は実施していない為、試験はこれで終了です。本校を志望して受検を終えた中学生たちは、今どんな気持ちなのでしょうか。倍率を見ると1.04倍でしたので合格率が100%というわけにはいきません。前回のブログにあるように今は「天命を待つ」のみというところでしょうか。合格発表は、およそ一週間後の3月8日(月)です。4月から共に大宮武蔵野高校で生活していける事を楽しみにしています。

 さて、国内サッカーの方は昨日、Jリーグ発足29年目となる2021年シーズンが開幕しました。昨年、開幕直前に猛威を振るった新型コロナウイルスの影響は未だに終息せず、緊急事態宣言も解かれぬ状況下でのリーグ開始となったことには不安もありますが、あれから一年が経過しても収まりきらないこのウイルスの感染力にはわずかな恐怖も覚えます。今月28日には対象地域の10都府県のうち首都圏を除く6つの府県で緊急事態宣言が解除され、首都圏の1都3県については、感染状況や医療提供体制の状況を見て解除の方針を決めるとされています。予定通りにいけば3月8日には解除されますが、懸念されている感染のリバウンドや感染拡大の第4波が現われない為にも、競技者・観戦者・運営者など、サッカーに携わる人たち全体で感染拡大防止に努めていかなければいけないんだろうと思います。

 FC MUSASHINOは、高校入試業務の為にわずかな休止期間を挟み、来週半ばから再び学年末考査の後半戦が始まります。そして、考査が終わればいよいよ新人戦一週間前になります。大会を目前にしての延期措置、及び部活動中止から約2ヶ月もの間、どのチームもどの選手もここまでコンディショニングやモチベーションを維持して来るのは大変なことだったでしょう。ですが、もう少しでまたサッカーが出来るようになると思うと…ワクワクしてきます。長い間、ブカツを中止してきましたが、私たちもいよいよ2021年シーズンの再開幕です。

 

【本日のJ1リーグ開幕戦一覧】

<2月26日(金)> 

  川崎フロンターレ  vs 横浜F・マリノス 2-0で川崎フロンターレの勝利

<本 日> 

  コンサドーレ札幌  vs  横浜FC 14:00 札幌ドーム

  浦和レッズ     vs  FC東京 14:00 埼玉スタジアム

  サンフレッチェ広島 vs  ベガルタ仙台 14:00 エディオンスタジアム

  大分トリニータ   vs  徳島ヴォルティス 14:00 昭和電工ドーム

  鹿島アントラーズ  vs  清水エスパルス 15:00 カシマスタジアム

  湘南ベルマーレ   vs  サガン鳥栖 15:00 レモンガススタジアム

  セレッソ大阪    vs  柏レイソル 16:00 ヤンマースタジアム

  ヴィッセル神戸   vs  ガンバ大阪 17:00 ノエビアスタジアム

 

 

サッカー部 MUSANISTA #146 『 Do your best and leave the rest to Providence 』

 ついに、明日で学年末考査一週間前となります。一年生にとっては初めての学年末考査。学年末考査はやはり、他の考査とは違った意味合いを持ってきます。
 それは、学年の成績が決まる点です。1・2学期の成績は10段階で出ますが、3学期は学年を通した成績が5段階で出ます。この一回の考査によって、5段階の成績が1あがったり1下がったりする可能性もある大切な考査なのです。しかも、ここで決まってしまった「評定」は、その後いくら勉強を頑張っても塗り替えることはできません。まさに、「今」がやるべき時なのです。部員には、「今がやるべき時だ」ということを十分に伝え、ブカツができない分しっかりと取り組むよう伝えています。

 また、これを見てくださっている、受験生にとってはいよいよ入試が10日後に迫っていますね。残り少ない日数ですが、以下のことを確認しましょう。

① 体調第一。新型コロナウイルス感染症、インフルエンザ対策はもちろん、きちんと睡眠をとり、生活リズムを整えよう。

② ラストスパート、苦手な教科こそ追い込みを。得意教科だけではなく、苦手教科にも取り組もう。得点の伸びしろが多い教科に追い込みを!

③ 当日の準備をしっかりと。試験当日にもっていくもの、試験当日の検査場所の確認をしておこう。当日は時間に余裕をもって行動するように心がけよう。

 受験生全員が、自分の全力を発揮し、実力通りの結果を得られることを願っています。4月、学校でお会いできることを、サッカー部でお会いできることを楽しみにしています。

 Do your best and leave the rest to Providence
(人事を尽くして天命を待つ)

サッカー部 MUSANISTA #145 『 ココロは熱くアタマは冷静に 』

 今日は「イライラ」について書きたいと思います。私も決して気が長い方ではありません。若い頃はそれでもまだ我慢出来ていたと思いますが、歳を重ねるうちに段々と我慢が弱くなっている様な気がします。これを読まれている方の中にも「すぐにイライラしてしまう」「人よりもイライラしやすい」という方もいるかもしれません。ですが、事にサッカー(スポーツ)の世界の話になれば、「イライラしながら」プレーする事や「イライラしやすい」性質というのはマイナス面でしかありません。表題にもあるようにどうしたらその「イライラ」を「良いパワー」に変換できるのでしょう。ひとつの参考になればと思います。

 まずは、「イライラしやすい人の特徴」を見てみましょう。この中に自分自身の事で当てはまるものがありますか。

1.キャパシティーが乏しい ちょっとしたことですぐにいっぱいいっぱいになったり、八つ当たりをしたり…。キャパシティが少ない人は、イライラしがちかもしれません。誰しもイライラしてしまう瞬間はありますが、それを理不尽に他の人にぶつけてしまうとしたら、あまり良いことではありません。

2.思い込みが激しい

 相手の立場や考え方を理解できずに、自分の視点しか持てない人は、言動に思いやりが持てないでしょう。そうしてそういった人は、自分の思い込みで突っ走ってしまう傾向があると言えます。心理カウンセラーの吉野麻衣子氏は「視野・視座・視点が狭く低く浅い上に、物事が客観視できず、相手の立場にも立つことができないため、周りを見ずに自分の思い込みで一方的に突っ走ってしまう傾向があります」と話しています。イライラしやすい人は、他の人の立場から物事を見るのが苦手な人が多いのかもしれません。

3.完璧主義

 責任感があり妥協をしない真摯な性格の人は、完璧を求めすぎてしまうゆえ、他の人の意識の低さやいい加減な態度にイライラを感じやすいと言われています。いつでもプロ意識を持って丁寧に取り組む姿勢は素晴らしいですが、妥協のできない完璧主義者は同時にイライラも感じやすくなってしまう可能性もあります。

4.精神的余裕がない

 人は余裕がないとき、ちょっとしたトラブルや問題に対してすぐに怒りをぶつけがち。余裕がなくなると、目の前の出来事だけに気持ちが傾いてしまうため、周囲の声も届きにくい傾向にあります。また、時間に追われているときも焦りが出て気持ちに余裕が持てなくなってしまうものです。

5.人に頼るのが苦手

 人に仕事を任せたり、大変なときに人に頼ったりすることができない人も、イライラしやすい傾向にあります。仕事ができないと思われるのが嫌で、周りの人に悩みや相談ができず、一人で抱え込んでしまいます。また、自分でやった方が早いと思って、一人でたくさんの仕事を背負ってしまっている場合も多々あるかもしれません。

 

 いかがでしたか。私は…やはり思い当たるものがいくつかありました(笑)では、続いて対処法についてです。

<イライラしやすい人の対処法>

①リラックスする時間を設ける

 一般的に、日頃から適度にリラックスする時間を設けることは、自律神経のバランスを整え、イライラや不安を和らげることができると期待されています。ストレスや緊張を抱えることが多いと、自律神経のバランスが乱れて交感神経が優位になります。するとイライラや不眠、肩こり、頭痛など、精神的にも体的にも体調を崩しやすいと言われています。そのイライラはもしかしたら、自律神経のバランスが崩れたことで起きている可能性もあります。意識的にリラックスする時間を作る努力をしてみましょう。

②物事の良いところに目を向ける

 物事を考えるときに、ポジティブに締めくくることで、嫌な感情を和らげることができます。例えば嫌なことがあったときに、「最悪だった」で終わると、ネガティブな感情だけが強く残ってしまいますが、「最悪だったけれど、△△は良かった」とポジティブに締めくくることができれば、その都度イライラせずにいい面にも目が向くようになります。人はネガティブになっているときほど、他人の欠点や物事の理不尽さに目がつきやすくなるもの。人の長所や物事の良かったところに視点を変えることができれば、ネガティブな思考に頭を支配されることは少なくなるはずです。

③冷静に本質を考える

 思わずイライラを人にぶつけてしまいそうになったら、一旦落ち着いて状況を見つめ直してみましょう。心理カウンセラーの吉野さんによれば、その時の怒りに任せず、一瞬冷静になる時間を作るべきだと言います。「苛立ったときは怒りに任せず、『なぜ苛立ってしまったのか、どうしたら良かったのか、自分はどうして欲しいのか』などを考えてみましょう。その場の感情で動くのではなく、一瞬立ち止まって冷静になり、物事や自分の感情に対してロジカルに考えるようにしてみてください」

④自分にゆとりを持つ

 家庭でも学校でも、あまりに忙しいときは思わず余裕をなくしてしまう瞬間もあるはずです。でもそんなときだからこそ、落ち着いて物事をシンプルに捉える努力をしてみましょう。「多忙過ぎて限界と思うときこそ、深呼吸をし、冷静になって自身の気持ちを落ち着けてください。物事はどんな難解に思えるものでも実はいたって単純。その単純さが重なって複雑になっているため、落ち着いてゆとりを持って解きほどいてみてください」

⑤自分がイライラしやすい状況を分析する

 心療内科医の田中茉里栄さんによると、自分がどういった状況でイラッとしやすいかを分析することで、前もった対応策を講じられると言います。「私の場合は急患が入っていつもより疲れて帰ってきたときには、明らかにいつもよりイライラしやすくなっているなと感じます。そんなときにはあえて家事はせず、デリバリーを取ったり、お風呂に入ってすぐに寝てしまうようにしています。自分のイライラしやすい状況を分析することで、前もって対応策を講じることができたり、自分がイライラしているという自覚をもつことで『今余裕がない、手伝ってくれる?』と周りに助けを求めるという選択肢もできるでしょう。」(田中氏)イライラしてしまう原因を前もって分析し、対応策を用意しておけば、周りや自分自身に当たることもなく冷静にやり過ごすことができるかもしれません。

 

<イライラや怒りが生じた時のその場での対処法>

①ゆったりとした呼吸を意識する

 ネガティブな感情から脱するためには、深く息を吸い込み、体全体に酸素を行き渡らせるイメージをしながら吐き出す呼吸がおすすめです。 新鮮な酸素が体内に取り込まれると、イライラによって疲れた脳もリフレッシュしやすくなります。また呼吸には、「息を吸うこと」と「吐くこと」に意識を集中させることで、怒りの原因から一時的に距離を置けるメリットもあります。

②6秒間数える

 人間の怒りをコントロールするアンガーマネジメントによると、怒りのピークは6秒で終わるそうです。 これは、神経伝達物質のノルアドレナリンによって生じる興奮状態が、体内をめぐって落ち着くまでに6秒かかるメカニズムに関係しています。 ですから、何らかの嫌なことで怒りが湧き上がりそうになったら、その場ですぐに反論するのではなく、意識の中で6秒カウントしてみてください。こうした意識をすることで、イライラによる人間関係の悪化なども防ぎやすくなります。

③タッピングを行う

 タッピングとは、精神医学の分野でも使われる手法です。指の先で手の甲や肩などの皮膚に触覚・圧覚刺激を与えていくと、気持ちが開放されやすくなると言われています。※これは、あまりオススメしません。

④状況を面白いものに転換する

 イライラや怒りが生じやすい人は、人間関係トラブルなどに対して自分を責めたり、被害者意識を持ちやすかったりする傾向があります。この癖に気づいたときには、自分にストレスを与える状況を敢えて面白がるという考え方に挑戦してみるのもおすすめです。 面白がれるようになると、自分の個性や能力の低さを責めてしまうこともなくなります。また、不快な状況を面白がれるだけの精神的余裕があると、ストレスを恐れず新たな挑戦などもしやすくなるでしょう。

⑤「4マス整理」を実践する

 イライラなどのネガティブな感情が多い人は、「その問題が重要か?否か?」と「自力でコントロールできるか?できないか?」で気持ちの棚卸しをする4マス整理を行ってみましょう。 この作業を実践すると、さまざまな怒りに対して「自分がコントロール可能で、重要度が高いものだけ対処すれば良い」という結論を出しやすくなると思います。また、4マス整理で「重要度が低い」とわかったイライラ対象は、状況を面白がる方向で対処をしても良いでしょう。

 

 いかがでしたか。あくまでも一般論ですので「自分に合わない」とか「なんか違う」ということもあると思います。それぞれで自分に合った改善方法を身に着けてもらうための参考にという意味で書いてみました。

 今は、部活として身体(フィジカル面やテクニック)を鍛えることはなかなか難しい状況です。ですが、脳(=メンタル面)は個々人の心の持ちようでいくらでも鍛えられます。以前のブログにもありますが、「これをチャンスと捉えて」是非取り組んで欲しいと思います。どんな場面でも「いつも通り」やることがどれだけ難しいことか。全集中も、精神コントロールも、息使いがポイント…なのかもしれません。

サッカー部 MUSANISTA #144 『 気持ち一新 』

 高校入試・大学入試が近づいてきました。あちこちで新型コロナウイルス感染症対策が叫ばれる中、東京都の新規感染者数の1週間平均が「500人以下」と、緊急事態宣言解除の基準の一つをクリアした形となりました。一方で、「検査の基準が変化した」という声や「検査数が減っている」という話もあり、実際のところはよく分かりません。いずれにせよ、油断することなく新型コロナウイルス感染症の「終息」まで、対策を続けていくしかありません。今日は、こんなニュースがありました。

緊急事態宣言、10都府県は継続必要 医療体制厳しい=西村再生相

 西村康稔経済再生相は12日開催された基本的対処方針等諮問委員会で、新型コロナウイルス感染拡大防止のため緊急事態宣言が発令されている10都府県について、新規陽性者数は減少傾向にあるものの、医療提供体制は引き続き厳しいとして、宣言の継続が必要と述べた。
 緊急事態宣言の期限は3月7日。政府は新規感染が減少傾向にあった岐阜県・愛知県を中心に宣言を解除し、13日施行される改正特措法に盛り込まれた「まん延防止等重点措置」の対象に移行する検討していたが、見送った格好だ。
 西村氏は感染状況を示す指標で2番目に深刻な「ステージ3」の段階では、「まん延防止等重点措置の対象になる」と述べ、緊急事態宣言の対象地域の段階的解除で適用する方針を示唆した。まん延防止等重点措置では、緊急事態宣言と異なり対象地域を市町村などに限定できる。飲食店に営業時間短縮を命令できるのは緊急事態宣言と変わらないが、違反した場合の過料が30万円から20万円に減額される。
 西村氏は、飲食店の営業時間短縮の協力などにより新規感染者が減少しているが、高齢者の感染がなかなか減らないと指摘。昼のカラオケ、路上での飲み会などについて注意喚起した。また、昨年春の宣言発令時と比べ、在宅勤務が十分に広がっていないと述べた。

出典:Webサイト『YAHOO!JAPANニュース』
https://news.yahoo.co.jp/articles/d8c6f6a603000342e71f6b257618bc277128fd6d

 新型コロナウイルス感染症との戦いはまだまだ先は長いとは思いますが、イメージ・世間の風潮に流されることなく、自分の考えで動けるような人になって欲しいです。サッカー部としては、そんな中でも、新人戦に向けできる限りのことを行っていくつもりです。
 さて、本日は学校では粗大ごみや廃品の回収の準備日でした。サッカー部では、古くなったラインカー、古くなったグラウンド整備用マット、年末の部室・マネ小屋の掃除で出てきたゴミなどを捨て、環境を一新。活動の場所をすっきりさせ、部活の再開に向けていい準備をしました。最後のミーティングでは、まず「約10日後から始まる学年末考査に集中すること」とともに「そんな中でもしっかりと身体を動かし、新人戦に向け準備すること」を確認し解散しました。ブカツができず忍耐力が必要な時期が続きますが、しっかり力を貯め、部活再開の時を万全の状態で迎えるつもりです。

サッカー部 MUSANISTA #143 『 自主練習とは? 』

 誰もいない夜中の校庭がイメージトレーニングには最適だった。闇の中、「蹴れ」「行け」「OK」などと大声で叫び、ボールを蹴ったこともあったそうだ。「その光景は奇異だったものに違いない。幽霊とでも試合をしているような様子だったのだろう。しかし、僕自身は、至って真剣だった」

 サッカーのW杯ブラジル大会日本代表のGK川島永嗣選手は浦和東高校時代、試合前日の夜中に1人でコーチング練習をしていたと言う。著書「準備する力(角川書店)」で語っている。「練習の虫」の川島選手らしく、高校時代は毎朝7時30分ごろに学校に着くと、午前8時20分の始業時間ギリギリまで自主練習。しかも片道45分の自転車通学では、ギアを一番重たくして、爪先でペダルをこいだ。雨の日も傘を差しながら実行したことも書いている。浦和東高校で出会った野崎正治監督(当時)が川島選手に大きな影響を与えたと言う。「人と同じ事をしていては、人と同じにしかならない」。サッカー部に入部して最初のミーティングでの薫陶がプロ選手への道を開き、海外クラブで活躍し、日本代表となり、今に至った。

 世界が熱狂するW杯ブラジル大会が開幕。浦和東高校3年間に実行した朝練習や夜中のトレーニングが強固な礎となり、日本のゴールマウスを守ってくれることだろう。

2014/06/13 さきたま抄より

【ポイント】

   ・人よりも上達したければ、人と違う事他の人以上に)をやりなさい。
   ・自主練習は、人からやらされてするものではなく、自ら考えてするもの。
   ・周囲からは白い目で見られたとしても、自分は真剣に取り組むこと。
   ・その時の状況に左右されずに(天候や体調など)、どんな時でも継続すること。
   ・練習量は、裏切らないということ。

 

<川島永嗣選手 プロフィール> Wikipediaより抜粋

 1983年3月20日生まれ。埼玉県与野市(現さいたま市中央区)出身のプロサッカー選手。リーグ・アン・RCストラスブール所属。日本代表。ポジションはGK。少年時代は地元与野八幡サッカースポーツ少年団で基礎を学ぶ。与野西中学校時代に本格的にGKのポジションを始めた。その後埼玉県立浦和東高等学校へ進学し、3年の間に選手権・国体・高校総体と高校サッカー3大全国大会すべてに出場。学生時代の成績は優秀で、周囲からは大学進学を勧められていたが、プロでやっていくことを決断。しかし、地元浦和レッズのセレクションは不合格となる。その後もうひとつの地元クラブである大宮アルディージャへの加入が決定。

 

サッカー部 MUSANISTA #142 『 このブログのアクセス数 』

 この大宮武蔵野高校サッカー部のHPにアクセスカウンターを設置してから、ちょうど半年になります。アクセスカウンターとは、このHP左にある以下のようなものです。

  

 

 

 

 

 これは、このHPを何人が見てくれているかをカウントするものであり、この半年で15685人もの人がこのHPを見てくれていることになります。このカウンターを設置した時は、ブログの『MUSANISTA』はちょうど#100でしたので、この半年で42回ブログを更新してきたことになります。この毎回のブログを見てくださっている人もいれば、たまに覗いてくださる人もいるかもしれません。2020年8月11日から今日まで、数えてみると185日あります。したがって、一日当たり平均84回ものアクセスをいただいていることになります。当初は「年内に2020アクセス」を目標にHPを作ってきましたが、その目標を大きく上回り、年内に10000アクセスもしていただいておりました。顧問の阿部、鈴木ともども、驚きとともに感謝の気持ちでいっぱいです。また、一つのブログあたりに直すと、平均373アクセスになります。今後も、多くの人に見られているということをしっかりと認識し、ブログやその他試合日程などを更新していこうと思います。
 一昨年の4月から刷新したこのHPは、まもなく2年を迎えようとしています。練習試合をすると、相手高校の先生から「ブログ見てますよ。この前の試合、おめでとうございます」と言われたこともありました。学校説明会の部活動見学では、「HP見ています。選手の様子や、練習試合の場所や頻度、結果などが分かってイメージがわきやすい」という声もありました。嬉しい声をたくさん聞き、「思っていたよりも多くの人が見てくれているんだなあ」と実感しています。その他にも、大宮武蔵野高校に来ようと思っている中学生、その保護者の方々、部員、卒業生など、その声は聞くことはできませんが、多くの人が見てくれているのだと思います。
 今後も、見てくださっている方々の期待を裏切らないよう、HPの更新に力を入れていきたいと思います。今後の更新にもご期待ください!

サッカー部 MUSANISTA #141 『 泳ぎで感謝を 』

【瀬戸大也はなぜ「引退を考えなかった」か?活動停止期間がもたらした”スタミナ低下”と五輪への収穫とは】

 課題が見えた一方で、それに大きく勝る収穫のある大会だった。2月4日に開幕し、7日まで行なわれた競泳のジャパンオープンに瀬戸大也が出場した。約2カ月半の活動停止処分が明けて、ほぼ5カ月ぶりの実戦でどのような泳ぎを見せるのか注目を集めたこの試合は、瀬戸の今後を占う上でも重要な意味を持っていた。エントリーしたのは3種目。最初のレースとなったのは、大会初日に予選と決勝が行なわれる400m個人メドレー。ここで瀬戸は良好な結果を出す。予選を4分14秒98、全体の2位で決勝に進むと、4分12秒57で優勝したのである。

<まだまだ練習不足です。身体が全然動きませんでした>

 1日置いた6日には、200mバタフライと200m個人メドレーに出場。両種目ともに全体1位で決勝に進む。初日とは対照的に、決勝を本来の順位におさめることはできなかった。バタフライは予選の1分56秒80から1分56秒32とタイムを少し上げたものの3位。個人メドレーは予選1分59秒52から2分03秒89と大幅に落とし、決勝の8人中最下位の8位に終わった。「まだまだ練習不足です。体が全然動きませんでした。」レースを終えて、瀬戸は語った。たしかに体力面が本来とは異なるのは、泳ぎから伝わってきた。200m個人メドレー決勝は、得意とする最初のバタフライから動きが重く、萩野公介らに離され、背泳ぎで最下位になるとその後は泳ぎ切るのがやっと、という疲労感があった。優勝した400m個人メドレーでも後半に追い上げられたのはスタミナが足りていなかったことにある。活動停止期間中も練習は認められていたとはいえ、民間のプールに許可を得て泳ぐレベルだったという。本格的な練習再開は1月になってからだったし、試合の場から遠ざかった影響も大きかっただろう。それでも収穫と言ってよい材料がいくつもある。

<今までとは違った緊張感があった復帰戦>

 いちばんは、400m個人メドレーで優勝したことだ。もともと予定されていたスケジュールから大きく変わり、空白となった期間がある。紆余曲折を経て迎えた復帰初戦だ。「久しぶりのレース、復帰戦ということで、今までとは違った緊張感がありました。」「(予選は)久しぶりだったので、かなり緊張していて周りが見えてなかったです。とにかく自分のことでせいいっぱいだった。」不安やさまざまな緊張のある中で勝ち切ったことは、瀬戸自身にとって手ごたえとなったはずだ。泳いでいるときのフォームなどの面で以前と大きく変わった印象も見受けられなかった。瀬戸自身はこう語っている。「技術的にはかなりのスピードで戻っています。」それをたしかめられたのも、収穫の1つだ。

<反省とともに「泳ぎで感謝を」>

 そして何よりも、レースという場に立ったこと自体から得たものは大きかった。久しぶりの実戦について尋ねられ、答える中に、このような言葉があった。「初めてオリンピックの会場で泳がせていただいて、いろんな気持ちが芽生えて競技ができるありがたさを感じました。」また、コロナ禍に触れたあとにこう語っている。「とにかく今は大会ができて出場できるありがたさをすごく感じました。」自身が立っている場所に、立ち位置に自覚がなかったことから、泳ぎたくても大会に出ることができない状況を自ら招いた。だからこれまでを反省する。「恵まれた環境というのが、自分はすごく当たり前だと勘違いしていたと、すごく情けない気持ちでいっぱいでした。」反省とともに、支えてくれた人々にも思いを馳せることから、「泳ぎで感謝を」とも考える。

<金メダルを獲ることへの思いは変わってない>

 引退を考えたことはなかったと言う。手にしていないオリンピックの金メダルを渇望することに変わりはないからだ。「しっかりと競技で結果を出すということはオリンピック、その先の世界大会で金メダルを首から下げることだと思っています。応援してくださる方々によい報告ができるよう、恩返しができるように頑張っていきたいと思います。金メダルは子どもの頃からの夢ですし、夢を達成したい気持ちは変わっていないです。」オリンピックという目標が変わらないからこそ、今大会もそのための機会と考えていた。200mバタフライ、200m個人メドレー決勝の泳ぎの要因は、体力が足りていなかったこともあるが、ともに全体1位となった予選の泳ぎにもある。単純に決勝に焦点をあてるなら、予選はある程度抑えていく作戦もあった。そうしなかったのは、予選から好タイムを出していかなければ世界では戦うことができないと思っていたからだ。「今大会で現状が分かったので、自分に活を入れていきたいです。」3つの種目すべてを終えて、瀬戸は語った。これからどのように進んでいくのか、その過程こそ問われるし、過程にこそ価値がある。将来を作るのも、自分自身にほかならない。瀬戸の次戦は、4月の日本選手権になる。

2021年 2月9日 NumberWebより(松原孝臣氏)

<プロフィール>Wikipediaより抜粋

 1994年5月24日生まれ。日本人競泳選手。埼玉県入間郡毛呂山町出身。2020年9月末まで全日本空輸に所属。2016年リオデジャネイロオリンピック男子400m個人メドレーで銅メダルを獲得。2013年世界水泳選手権の400m個人メドレーで日本人初となる優勝。2015年に連覇もしている。2019年世界水泳選手権では日本人初の200m個人メドレーで優勝。小学生の時から水泳の全国大会に出場経験があり、萩野公介とは少年時代からの好敵手であり、憧れであったとのこと。個人メドレー、バタフライ、自由形、平泳ぎ、背泳ぎといった全ての泳法で全国大会優勝経験を持つ。毛呂山町立毛呂山中学校2年次に全国JOCジュニアオリンピックカップ水泳競技大会男子400m個人メドレーにて萩野に競り勝ち、当時の日本中学新記録で優勝している。埼玉栄高等学校時代は、インターハイで400m個人メドレーの三連覇を達成した。

サッカー部 MUSANISTA #140 『 明るい話題に目を向けて 』

 政府が出した、緊急事態宣言の延長に伴い、大宮武蔵野高校でも『始業時間1時間遅れ40分授業』が延長になりました。本来は、2/7(日)で緊急事態宣言が解除になるはずだったので、今日2/8(月)からは平常授業になる予定でしたが、戻ることができず残念。さらに、部活の大会も延期して部活ができず残念。イベントもできず、旅行も行けず、できないことだらけですが、できることを見つけて頑張っていくしかありません。
 こういう時に、暗い話題ばかりでは前を向いていけません。世界の明るいニュースをご紹介するのでご覧ください。

短期間でのワクチン実用化:
 新型コロナワクチンが実用化にこぎ着けるまでにかかった時間は1年足らずと、ワクチン開発史上でも異例の早さだった。ドイツのビオンテックと組むファイザーのほか、モデルナ、アストラゼネカとオックスフォード大学、中国医薬集団(シノファーム)などが数十億人もの人々を救うワクチンの開発に懸命に取り組んだためだ。さらに、ファイザーやモデルナがメッセンジャーRNA(mRNA)技術を用いて体内で人工的にウイルス構成物質を作り出すことに成功したことで、将来的にがんや心臓病などの治療法発見につながると期待されている。

大掛かりな在宅勤務の実験:
 育児との両立や長時間労働、テクノロジーや高速インターネットへのアクセスのばらつき、精神的ストレスといった問題もあり、全てが順風満帆だったわけではないが、数億人もの人々が在宅勤務をどうにか1年近く続けてきた。こうした勤務形態の急激なシフトで、パンデミック(世界的大流行)後の働き方を世界的に見直さざるを得なくなっている。フレックスタイム制や通勤・出張の減少、在宅とオフィスで勤務時間を分ける形態がニューノーマル(新たな常態)となる可能性がある。

(つかの間の)環境回復:
 観光業と製造業の低迷で経済は打撃を受けたものの、人の流れや工場の稼働が一時的に止まったことが環境にとってはプラスとなった。大気汚染が劇的に減少し、静かになったタイのビーチにはカメとクジラが戻ってきた。香港では、フェリーの運航減少後、姿を見せる絶滅危惧種のピンクイルカが増えたという。人間のプレゼンスが低下すれば、生態系が急速に回復する可能性が示唆された。

テクノロジーが世界を結ぶ?:
 人々をバーチャールに結び付けるテクノロジーなしのロックダウン下の生活を想像できるだろうか。家庭料理の腕を磨いてインスタグラムやユーチューブなどのプラットフォームで披露する人もいれば、ゲームソフト「あつまれ どうぶつの森」で仮想サファリを始めたり熱帯の島に集まったりするインターネットユーザーもいる。また、室内にとどまる人間に代わり、ドローンや自律型ロボットが緊急医療物資や食料品などの配達に活用されている。

出典:Webサイト『bloomberg』
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2020-12-24/QLN444T0AFBB01

 新型コロナウイルスの対応で、多くの人、分野では自由に物事を進めることができなくなった。一方で、上に挙げたような分野では、たまたまこのような状況のメリットが見つかったり、大きな転換の契機にできたり、まとまったお金や技術(マンパワー)が集中的に投入されたり。今、世界が大きな転換期を迎えていることは間違いない。
 家にいる時間が長いこの時期に、『ゴロゴロして、無為に日々を過ごす』のか、『目標をもって、新型コロナウイルス終息後の生活に向けて取り組む』のでは大きな違いがあることは、もう世界中、日本中の人が気づいているはずだ。環境の波に飲み込まれないよう、自身も自己陶冶(とうや)に励んでほしい。

サッカー部 MUSANISTA #139 『 Self Control 』

 前回お知らせしました通り、新人大会が再延期となりましたので再びブカツの方は暫く活動停止となりました。私たちはまだ幸運な方です。年明けからわずかな間だけでも活動することが出来ましたので。けれど、多くのブカツは昨年クリスマス頃よりおよそひと月半もの間、ブカツが出来ていない事となります。

 私たちは3月に延期した新人大会に向けて” Self Training Note ”を引き続き活用していきます。いわゆる「自主練習」ということですが、私は『セルフコントロール』だと思っています。

 生徒の中には、部活をしているから身体も心も健全な状態を保てている者もいるのが実際の所だと思います。なぜなら、彼らは競技者(アスリート)である反面、生徒(子ども)でもあるからです。「部活があるからコントロールされている」ということです。例えば、「明日は日曜だけど部活があるから規則正しく起きられる」「明日は試合があるから夜にきちんと寝ることができる」「今日は筋トレしたからたんぱく質を摂ろう(身体のためになるものを食べよう)」「赤点(欠点)取ったら〇〇(部活のルール)だから今はマジ勉強しよう」「髪を染めたいけど部活やってるから我慢しよう」などなどです(言うまでもありませんが、太文字箇所が否定形になる生徒がいたとすれば、それは競技者ではなく、ただの生徒になってしまいます)。

 それでは、3月までの部活ができない期間はどうなってしまうのでしょう。そうした「コントロールされてきた」部員たちは大変なことになってしまうのでしょうか?・・・否。私は、むしろ「最良の機会」だと思っています。理由は、2つあります。

①自分自身で自分をコントロールする力(自己統制力)を身につけられる

②他者との差を大きく縮める(開かせる)チャンスである

 これまで、部活があることで抑えられていたものや管理されていたことがなくなっても、それらを自分でできる力。それは、競技者(アスリート)に最も欠かせない力だと思います。『他の競技者や過去の自分自身(記録)に勝りたい人が、自分の事さえコントロールできなくて、良い結果が望まれる訳がない』皆さんもそう思いませんか。これは、「身体面」のことだけではありません。「精神面」も同じです。”挑戦する力””我慢する力””諦めない力””継続する力””協力する力””統率する力”など、これまで部活の中で求められてきていたものを、ブカツ以外の様々な場面でも「活かす」ことができるのかどうか。

 そして3月の部活再開後、もしかしたら大きなチャンスを掴める人も出て来る可能性が高いということです。勿論、それは”FC MUSASHINO”も同じです。普段でしたら皆同じようにブカツをしていますので、その差はなかなか埋まらない(開かない)。練習の時間と負荷を、誰よりもどこよりもこれまでよりも努力して、長期に渡って継続しないと困難です。ですが、今は状況が違います。今は、皆同じようにブカツをしていません。もし、その中でひとりだけ、毎日10km走り続ける部員がいたらどうでしょう。ひと月後、彼はダントツで10km走を優勝することができます。「うさぎとかめ」の話は皆さんもご存知ですね。どんなに足の速いウサギでも、ひと月もの間休憩していれば、たとえウサギよりも足の遅いカメでも、毎日毎日コツコツ積み重ねていければ、ひと月後に立っている位置は、逆転することができますよね。

 来週8日(月)から、私たちは「 Self Training Note Vol.2 」に突入します!

 

『 頑張ることしかできないんだから 俺は昔から 』

『 努力は日々の積み重ねだ 少しずつでいい 前に進め!! 』

                                           by 竈門炭治郎

サッカー部 MUSANISTA #138 『 再度延長 』

 緊急事態宣言の延長により、新人戦の日程が再度延長になりました。それに伴い、先週金、今週月、火、水とやってきた部活も、また停止期間に入ってしまいました。新人戦の新たな日程は、初戦が3月14日(日)の予定です。
 さて、今回の部活動停止期間は、学年末考査や入試の関係で、約1ヶ月になる予定です。再開は、学年末考査最終日の3月4日(木)になる予定で、今回は大会前であるからといって2週間前から練習を再開することが難しい状況です。したがって、今回は練習再開の4日から数えると、新人戦に向けたチーム全体の練習としては

 4日(木)、5日(金)、6日(土)、7日(日)、8日(月)、9日(火)、10日(水)、11日(木)、12日(金)、13日(土)

のちょうど10日間しか行えません。もし、この一か月間部員が何の「自主練習」もせず3月4日を迎えたとすると、確実に新人戦で全力で戦いきることはできません。今回こそ、前回以上に『新人戦は準備をしっかりとできたチームが勝つ』ということを再確認し、「自主練習」に取り組んでほしいと思っています。特に、テクニックでは勝っているのに、体力切れで戦いきれないということが絶対にないように準備していくつもりです。今回も、「Self Training Note」を課し、部員の取り組みを見守ります。
 また、我々スタッフ以外にも学校の中で応援してくれる生徒もいます。先日、新人戦に向けてということで、差し入れをいただきました。ありがたく頂戴し、新人戦の試合当日に使わせてもらおうと思います。'FC MUSASHINO'を応援してくださっている皆様も、緊急事態宣言明けの新人戦での活躍を信じて、引き続き見守っていただければと思います。よろしくお願いします。

 今できることは、『再開できるその日を信じて、その日を見据えて、準備していくこと』。それしかないと思います。ブカツができなくとも、やるべきことをやり、試合に備える。そんな『自律力』が試される期間だと思います。

 Do what you should do now !

(今 やるべきことをやれ!)

サッカー部 MUSANISTA #137 『 立春 』

 今年も早いもので2月になりました。明日は、1897年(明治30年)以来124年ぶりに2月2日が節分となる日です。つまり、暦の上では明後日からもう春です。この一年、ほんとうにあっという間だったような気がします。それでも政府は、緊急事態宣言を延長する方針で固めたそうです。明日の諮問委員会で正式決定になるようです。予期していた「新人大会」の”再延期”も現実味を帯びてきました。

 さて、話は少し変わりますがみなさんはどうしてサッカーをしていますか。言い換えれば、「サッカーが出来なければほかに何をしますか」。高校生当時の私の答えは簡単です。「自分の夢を叶えるため」「プロになって日の丸をつけてプレーをするため」「サッカーが出来ない事は考えられない」そんなところだったと思います。私に限らずチームメイトも私と似たようなものだったと思います。なので、ある面では試合よりも練習の方が厳しかったですし、仲間が練習を休んでるときはチャンスだと思っていましたし、そんなやつらばかりでしたから多少身体が痛くても安易に練習を休んではいられないような雰囲気でした。捻挫、モモカン、肉離れ、時には疲労骨折でも練習中は痛みを忘れるくらいにやっていたと思います。中には、試験前でも練習に来るのもいましたし、学校行事を休んで試合や練習に来るのもいました(笑)今ほどクラブチームという概念が定着していなかったので当時学校側もチームの活動を理解するのは大変だったかもしれません。皆、サッカーが好きな連中ばかりでした。

 何が言いたいかというと、私たちはそれだけ「打ち込んでいた」ということです。自分が好きなものや大事にしていることに高校3年間のすべてを費やしていたということです。そして、そのために「本分」を疎かにはしなかったということです。「サッカーを頑張ってるから勉強できなくてもいいだろう」「練習で疲れてるから勉強できなくても仕方ないだろう」「監督にバレなければ大丈夫」「オレは上手いんだから特別だ」「たまには練習サボって遊ぼうぜ」・・・。私がサッカーを始めて、最初に学んだことは「サッカーは、子どもを大人にし、大人を紳士にするスポーツである」という言葉でした。当時は、あまりピンと来ませんでしたが歳を重ね、振り返ってみると挨拶や礼儀、マナー、身の回りの整理整頓、時間を守ること、物を大切に扱うこと、協力すること、努力すること、諦めないこと、年下には優しくすること、年上には敬いを忘れないこと、親孝行すること、約束は守ること、自分に嘘はつかないこと、誤魔化さないこと、人を馬鹿にしないこと、ずっとサッカーに携わっていけるような人になることなど、本当にたくさんの大切なことを「サッカー」を通じて教わってきたことに気が付きました。あまり知られていないかもしれませんが長谷部誠選手も、長友佑都選手も、香川真司選手も、クリスティアーノ・ロナウド選手だって、皆サッカーをすることで成長して世界でも有数のサッカー選手になられています。

 私たちの春はまだまだ先ですが、自分を見失うことなく、今を大事にして、明日からも練習に打ち込んでいきたいと思います(まだブカツができることに感謝です)。

サッカー部 MUSANISTA #136 『 Re:start 』

 延期となっていた埼玉県高校サッカー新人大会南部支部予選の改日程が決まりました!規定により、「感染予防対策として2月7日までの間は部活動は原則中止とするが、大会当日から起算して2週間以内は活動をしてもよい」となっているため、本日より「ブカツ」を再開しました。部員も約3週間振りの部活とあって、イイ顔をして練習していました。ここまで自主練習に取り組ませていたのがよかったのか、私達が思っていた以上に身体がまだ動かせていたように感じました。さすがに最後の方は疲れも見えていましたし、何より「試合」となったら今日の状態は、まったく論外でしょう。ここからどこまでコンディションを上げていけるのか、私にも分かりませんが…それはどの学校も同じこと。初戦までの短期決戦を精一杯に準備していきたいと思います。

 ですが・・・

練習後に部員には、こうも話をしました。

「今の状況下で部活動を行うことが周囲にどんな風に思われるか」

「だからこそ、感染予防には細心の注意を払って、これまで以上にまわりに気を配って活動しなければならない」

「万が一、大会が再延期になって、数日も経たない内に再び活動中止になったとしても、決してこの数日間は無駄にはならないし、少しの間だけでもブカツが出来たことに感謝する」

「置かれた環境の中でそれぞれの考えがある。この状況での部活への不参加は誰からも非難されることではない。皆で理解しよう」

 この先、予定通りに大会が開催できるのか、本当に分かりません。報道では来週5日頃には緊急事態宣言の延長可否が決まるとの事です。先にも述べましたが、今の私達は大会参加の機会が設けられたお陰でブカツが行えるようになった。ただ、それだけです。今日までなくなっていたピッチが眼前に広がり、ボールとゴールがあって、仲間と集まり、共にサッカーを思いっきりすることが出来る。それだけです。

 

【埼玉県新人大会南部支部予選兼関東大会予選】

     日 程:2月11日、14日、20日、3月14日、20日、21日 (6日間)

     初 戦:2月11日(木)

     相 手:県立与野高校

※コロナウイルス感染拡大予防のため、本大会は大会関係者のみでの試合となり、保護者をはじめ家族や友人、その他一般の方の来場を禁止しています。試合会場及び試合時間は、掲載できませんがどうぞご理解とご協力をお願い致します。

サッカー部 MUSANISTA #135 『 内に目を向けてみれば 』

 コロナ禍で部活動ができなかった期間にも、顧問の阿部、鈴木は様々なことを相談し、決定してきました。緊急事態宣言解除後の練習について、来シーズンについて、HP更新についてなど...。そんな話の中で、ふと今の2年生の話になりました。
 阿部が本校に着任してから2年が経過しようとする今、顧問が阿部、鈴木での体制での'FC MUSASHINO'は3年目を迎えようとしています。今の2年生が2年前入学してきたころを思い返してみると、今よりも技術力も戦術力も物足りなかったことを思い出します。今では、それぞれが技術面、戦術面、精神面、様々な面で成長し、一回り大きくたくましくなったことをしみじみと感じます。

 一昨年の夏合宿では、「骨折した!」と騒いで病院で診てもらったら「ただの捻挫ですよ」と言われたり、選手権予選vs山村国際で大事な試合であるにもかかわらず、人生初めてのカードがレッドカードで退場したGK。試合後はいじけて端っこで泣いていました。今では、キックの精度、飛距離も上がってきたり、コーチング、声出し、シュートストップなど見違えるようになりました。

 クマガヤSCで培った力で先輩の試合にも早い時期から出場していたCB。部長になってからは、試合を分析してミーティングで時間を取って話してもらったり、選手への連絡をしてもらったりしています。試合の中でも、誰よりも声を出してチームを盛り上げたり、練習中からチームをまとめたりしてくれています。ヘディングやスライディングなどのプレーにも自信をもって戦えるようになってきました。

 一昨年の12月に入部したCB。最初はなかなかステップが踏めず、守備の対応に四苦八苦していました。しかし今では、自分からインターセプトを常に狙っていたり、相手に前を向かせないように早くプレスをかけたりと、チームのためにサボらず貢献してくれている姿をよく見ます。身体の方も継続的に鍛えていて、部活再開後が楽しみです。

 先輩がいた間はなかなか出場機会がなかったSB。昨年の夏には、試合でなかなかうまくいかないスランプの時期があり、そこから「練習前のステップ、ラダートレーニングなど」を始めました。最近では、その成果もあってか、ステップをしっかり踏めるようになったり、ボールの落下点を読んでヘディングでクリアしたり、自信も出てきてオーバーラップなど攻撃面でも積極的なプレーが増えてきました。

 球際やヘディングを嫌がってほとんど競り合いに行かなかったボランチ。今では、セットプレーになると上がって点を取りに行ったり、守備の面でも相手を圧倒するヘディングの強さを見せています。また、練習中でのゴール率の高さも目を見張るものがあり、最近は意識してロングシュートをさせていることから、試合中のロングシュートでの得点も期待できる選手になりました。

 先輩と折が合わない時期があったり、ポジションがかぶって出場機会に恵まれなかったボランチ。最近では不動のボランチを任され、献身的で粘り強い守備、着実で正確性の高いパスで攻撃のリズムを作るなど、今では'FC MUSASHINO'のゲームには欠かせない存在になりました。怪我に悩まされる時期もありましたが、部活動再開後は万全の状態で活躍してくれると信じています。

 高校に入ってからサッカーを始めたFW。初めの頃はボールを止めることも、蹴ることもままならず、ドリブルで突っ走るだけのSHでした。なかなか顔が上がらないドリブルは、そのまま止まれずゴールラインを割ってしまうこともしばしばありました。今では、立派にFWを任されるほど迫力満点に。顔も上がるようになり、相手の守備をしっかり見て次のプレーを考えられるようになりました。実は一番成長しているその選手、持ち前の速さを武器に相手ゴールに迫る姿をまた見せてくれるはずです。

 持ち前のボディーバランスと他を圧倒する馬力の強さ、誰よりも豊富な運動量に味方の良い所を引き出す判断力で活躍するトップ下。先輩の試合にもよく出場していたこの選手は、今ではチームのバランス的にトップ下を任される。後輩とトラブルになっても、後輩の話に耳を傾け、改善に向けて努力する大人な面も培ってきた。部活動再開後、彼がゴールネットを揺らしチームを勝利へ導く日が来るのだろうか。今後の彼に期待を寄せる。

 今の2年生とともに入ってきて、ここまで支えてくれているマネージャー。部活動再開に向け、ずっと伸ばしてきた髪の毛をバッサリ切って気合十分。また新人戦に向け、チームを盛り上げ支えてくれること間違いなしです。

 こう見てみると、やはり2年生は成長したなあと感じます。1年生は入部してからあまり試合経験も積めず、出場も少ない選手もいますが、1年後はここで先輩たちと同じように報告できるかと思うと、楽しみです。今後、彼ら全員がどのような成長を見せてくれるのか期待してまた指導していこうと思います。

サッカー部 MUSANISTA #134 『 未完の大器 』

 「Jリーグ史上初2年連続得点王」「記者泣かせの寡黙な選手」「大食漢」「世界大会とは無縁の日本代表」「リーグ戦でシーズン最初のゴールを決めた相手はJ2に降格する(2007年から6シーズン連続)」「デスゴール」など、彼のことを表す言葉には絶えない。日本屈指のストライカー前田遼一選手です。高さ・技術・豊富な運動量に合わせ守高い守備意識も兼ね備えた万能型FW。彼もまた昨シーズンいっぱいでプロサッカー選手を引退されました。

 

”谷間の世代”と呼ばれて…あえて「暁星→ジュビロ」を選んだ”不器用な男”の21年間

 

 「谷間の世代は粘っこい」

 かつて阿部勇樹がこう語っていたことがあったが、そんな“谷間の世代”でまたひとり、現役引退が発表された。昨年末でFC岐阜との契約が満了していた前田遼一だ。世界大会はワールドユース出場のみ。2004年のアテネオリンピックも、2010年の南アフリカ大会も2014年のブラジル大会もワールドカップには出場していない。日本代表では33試合出場し10得点とあまり縁がなかったとも言える。高い技術力と戦術眼、サッカーセンスが前田遼一の持ち味だ。そして、黒子になることもいとわない献身性が彼の美徳だった。だからストライカーとしては地味な存在かもしれない。それでも、J1通算154得点は歴代5位(現在3位タイの中山雅史・興梠慎三には3点足りなかった)。ちなみに1位の大久保嘉人、2位の佐藤寿人と前田を含め、トップ5には3人の谷間の世代が君臨している。

【名門暁星→慶應ではなく、名門「ジュビロ磐田」へ】

 そうか、もう21年も前のことだったのか。前田を初めて取材したのは、ジュビロ磐田加入が決まっていた2000年1月、U-19日本代表合宿だった。東京の名門私立校暁星学園で育った彼は、少しおっとりとしていて落ち着いた少年だった。その年の高卒選手のなかで、もっとも多くのオファーが届いたという前田が、なぜ磐田を選んだのか? 慶應義塾大学への推薦入学が決まっていたとも聞いた。「ほんと変わっているよね。俺だったら、慶應を選んだよ」と磐田の先輩がさっそく前田をネタに軽口を叩いた(その先輩は名門大学を卒業後、磐田へ入っていた)。世間一般で言われるエリート街道ではなく、成功できるか分からないプロの世界へ身を投じたのは、さぞ、サッカー選手として大きな夢を抱いているからかと思えば、そういう話でもなかった。

 「磐田の練習に参加したら、うまい選手ばっかりで、すっごく楽しかったんですよ。サッカーをやるならここだと思って」当時はまだ強豪校とは言えなかった桐光学園を率いて、高校選手権準優勝に輝いた中村俊輔に前田は憧れていた。中村の高い技術力、ドリブルに魅かれただけでなく、自身もまた中村のように暁星学園高校をけん引し、選手権を勝ち進みたいと考えていた。だからときにはチームメイトに厳しく当たることもあったと、のちに振り返っている。前田自身はすでにU-18日本代表にも選ばれ、有名な存在だったが、結局一度も高校選手権には出場できなかった。彼が抱いていた渇きを埋めたのが、磐田での練習だったに違いない。けれど、プロの世界は甘くない。目を輝かせながら笑う18歳の前田に、あるJリーガーの話を告げた。

 「磐田の練習に参加した帰りの新幹線のなか、選手名鑑を見ながら自分と年齢の近いMFの顔ぶれを見て、磐田へ行っても試合に出るのは難しいと入団を断念したのが、中村俊輔なんですよ」すると前田は「だから楽しかったんですね」と答え、自分と同じポジションの先輩の名前を挙げながら、「なるほど」と納得顔を浮かべ、笑った。やはり楽しさが一番なのだろうとほほえましい気持ちになった。


【名門の厳しい言葉にも「こんなもんです」】

 当時の磐田は個性豊かな日本代表クラスの選手が揃い、強豪として君臨していた。試合になれば、ときに罵声も飛び交うチームの一員として、果たしてこの少年はやっていけるのか? 強い興味を抱いたことを覚えている。

「僕がシュートを外すと、周りの選手がみんな『アチャー』って感じでコケているんですよ。お笑い番組でコケているみたいな感じで」自分の失敗を、少し楽しそうに前田は話してくれたのは、磐田に加入して数カ月経ったときのことだ。

「遼一、俺のコース消すな!!」

「途中から出て来たのにすべてが中途半端で何がやりたいのかわからない」

「お前の視野はどれだけ小さいんだ」

 実際、前田には笑えないくらい厳しい言葉がチームメイトから発せられていた。それを彼はどう受け止めているのだろう。「ごめんなさいという感じですか?」と訊いてみたことがある。「ジュビロの先輩は試合になると鬼になる。怒鳴られても、ごめんなさいとは思わない。本当のことだから。へこんだりはしない。陰で言われるよりもずっといい。今はこんなもんですという感じ」さらりとそう言った前田は、他の若手とは違った。「自分はやれる」というような自信はまだなかったが、自分を信じる強い気持ちは厳しい現実のなかでも変わらなかったのだろう。前田が持つ図太い芯みたいなものは、百戦錬磨の先輩たちも見抜いていた。「あいつは俺たちにキツイことを言われてもへこたれたりしない。だから、俺らも厳しいことを言えるんだよ」と福西崇史が当時語っている。あの頃の磐田は、ピッチ上では強烈な厳しさが行き渡っていたけれど、チームの雰囲気は部活に近いものがあった。そんななかで、前田は「弟キャラ」としての存在を確立していく。しかし、MFとしての出番はほとんどなく、前田が定着したのは、中山雅史、高原直泰に続く、FWとしてのポジションだった。

 

【名ストライカーへ 進化の原点は“挫折”】
 「試合にもっと出場できるようにレンタル移籍を考えたこともあるけど、ジュビロで試合に出ることを目標にしたい。そこからは逃げたくない。今までも僕なりにがんばってきたけど、まだ足りないということを痛感している。先輩はみんなもっとがんばっているから」

 新人の前田が口にした「逃げない」という姿勢は、彼がプロとして生きるうえでの基盤となったように感じる。どんなに苦しい現実でも、それを解決できるのは、自分しかない。そのための悪戦苦闘が、成長を後押ししてくれるのだ。「FWだったのに、1点も取れなくて申し訳ない」

 2001年アルゼンチンで行われたFIFAワールドユース選手権(現U-20ワールドカップ)に出場したU-20日本代表で、前田は1トップでプレーしている。高い技術を持つ前田に、前線でボールを収め、攻撃の起点を作り出すゲームメイカーのような働きを期待したのだろう。しかし、阿部勇樹など主力と思われた選手が欠場したこともあり、最下位でのグループリーグ敗退を喫した。これが「谷間の世代」と呼ばれる彼らの原点となった。本来のMFではなく、FWで起用されたものの無得点だった自身を前田は責めた。しかし、思い返すと、このときに彼のストライカーとしてのキャリアがスタートしたのかもしれない。現に十数年後には、磐田だけでなく、日本代表としても活躍するFWに進化を果たす。

 

【「取材しづらい選手」と言われて】
 「今日、俺、そんなに良かったですかね?」得点を決めた試合後、多くの報道陣に囲まれた前田は、取材に応じながら、少し不満気だった。そして、最後にそっとそう告げた。確かにその試合の前田は運動量が乏しく、らしくはなかった。けれど、ゴールを決めて、チームに勝利をもたらしたのは事実だ。若いFWの活躍にメディアが騒ぐのも当然だった。けれど、前田はそれで良しとはできなかったのだ。自分に対してはいつも厳しい。そんな前田らしさは、20歳の頃からずっと変わらなかった。ゴールというわかりやすい結果で一喜一憂することはない。90分間何ができたのかが大事だった。チームに勝利をもたらす仕事をすることだけを考えていたように思う。その頑なさが、「取材しづらい選手」という印象を作っていったのかもしれない。

 2002年に右ひざを負傷し、長期離脱をして以降、身体のケアに余念がなかった。練習後には乳酸が溜まらないように黙々とジョギングを行い、クラブハウスで長い時間を過ごすようになる。まだ20代前半ながら、その気遣いはベテラン選手のようだった。中山をはじめ、ベテラン選手の多い磐田では手本となる選手は数多くいた。そして前田からは少年ぽさが消え、精悍さが強く漂うようになる。

 

【「強引さが足りないと言われることは多いけれど」】

 こうして、FWとして頭角を現し始めていた前田が否定されたのが、アテネオリンピック代表でのことだった。「前田はFWじゃない」と山本昌邦監督は語り、メンバー選考の最後の試合ではボランチで起用、結果、アテネ五輪代表に選出しなかった。ストライカーには「俺が」というエゴや強引さも必要だと言われるが、常にそれを否定する前田は、指揮官が考えるFW像とは違っていた。

 「強引さが足りないと言われることは多いけれど、チームよりも先に『自分』が来て、『俺が中心だ』というふうになるとむしろダメになる。そんなことが出来るのは、本当のスーパースターだけ」と、のちに34歳になった前田は話していた。自分に厳しい前田だが、チームメイトには優しい。2009年、2010年の2シーズン連続で得点王に輝いた年で、すでに磐田のエースストライカーとして、日本代表の常連にもなっていた時のこと。

 世代交代を経た磐田はなかなか思うような結果を生み出せず、両シーズンともに11位と低迷。若い選手たちのなかで、コンビネーションが悪く、前田が活きない試合も少なくなかった(それでも得点を重ねたことは評価に値する)。しかし、そんな試合のあと前田はいつもこう言った。

「まあ、そこがサッカーの楽しいところだと思うから」前田はいつも考えていたのだ。「サッカーはひとりではできない。だから面白い」と。2010年のナビスコカップで優勝。胴上げされる前田遼一©Takuya Sugiyama
「FWは周りに使われて、初めてゴールができる。パスが来なければ、シュートも打てないから。得点王を獲ったときもチームのなかでいかに動けるかを一番意識していた。良いクロスを入れてくれる選手がいて、僕自身も上手く動けたから、シュートチャンスが生まれただけのことなんです」

 

【「サッカーはひとりじゃできない」】

 “選手はチームの歯車であれ

 これは黄金時代の、かつての磐田の選手なら誰もが口にした言葉だ。誰もがチームのために戦わなければならない。そして、チームを構成する選手全員が共通意識を持つからこそ、歯車は回る。それを構築するには時間もかかる。だから、前田はオファーが届いても環境が変わることを懸念して、磐田に残留したのだろう。それでも「J1へ移籍できる最後のチャンス」と腹をくくり、2015年FC東京へ移籍を果たす。

 「移籍をして、サッカーはひとりじゃできないんだなと強く感じた。そして、ここでもまずはチームプレーを考える。組織の歯車になって、そのうえで、僕にしかできないことをやっていきたい」移籍加入時にこう語り、それが自身のプレーの幅が広がるきっかけになるだろうとも話した。

 

【ジュビロ磐田からFC東京へ】 
 そのFC東京からJ2のFC岐阜へ移籍し、J3でもプレーしたが、コンディション調整に苦慮し、怪我にも悩まされた。FC岐阜での1年目当初、シュート数とゴール数が同じという時期があった。精度100パーセントの理由は、試合を見れば一目瞭然だった。シュートチャンスがほとんどなかったのだ。

サッカーはひとりではできない前田の言葉が重く響いた。

 

【不器用で真っすぐなサッカー選手だった】
 引退の一報を受けて、真っ先に思い出したのは、若いころの彼の姿だった。

 それは21年もの時間が経過したにもかかわらず、前田の姿勢に大きな変化がないと確信したから。もちろん成長という変化はあったが、思い返せば返すほど、「やっぱり変わらないなぁ」と思わざるを得ない。そういう意味では不器用な人間だった。サッカーはあんなに巧いのに……。

 引退発表と合わせて、古巣磐田のU-18チームのコーチ就任もリリースされた。指導者としての第一歩を磐田で踏み出せるのは、前田にとっては幸運だろう。けれど、もう弟キャラではいられない。新しい覚悟が必要になる。

2021年 1月 NumberWeb(寺野典子氏)

 

「僕にプレーする機会を与えてくれたジュビロ磐田、FC東京、FC岐阜に関わる全ての皆さん、そして21年間僕を支え、応援してくれた全てのファン、サポーターの皆さん。皆さんのおかげで本当に幸せなサッカー人生でした!本当にどうもありがとうございました!
この度ジュビロ磐田で指導者としてのスタートをきるチャンスをいただくことができました!ゼロからのスタートになりますが、指導者としてこれから頑張っていきたいと思いますので、これからもよろしくお願いします!」

FC岐阜 HPより

サッカー部 MUSANISTA #133 『 新人戦に向けて 』

 新型コロナウイルスの感染対策で延長されていた新人戦の日程が、2/11(木)、14(日)、20(土)に決定しました。対戦相手は、初戦が秋季大会で敗戦を喫した「与野高校」、勝ち上がれば、グラウンドも近く昨年練習試合をしていただいた「埼玉栄高校」となっています。まだ、グラウンド、日時などは決まっていませんが、'FC MUSASHINO'も再開の日に向け、準備を進めています。生徒の方からも「テレビで試合を見ていたら、試合をしたくなってきた」という声や、「自主練で鍛えたので、試合で活躍する姿を見てほしい」という声も聞こえてきて、モチベーションの高まりを感じます。日々の「Self Training Note」を見ながら、再開の日に向けてアドバイスしつつ、再開の日を待ちたいと思います。
 新人戦が決まれば、大会2週間前から部活動が再開できます。初戦が2/11(木)に決まれば今週末金曜日から、2/14(日)に決まれば週明けの2/1(月)から活動することができることになります。
 思えば昨年末、冬休みに入ってから練習ができなくなりました。10日間練習ができず、新人戦開始の予定であった1/16(土)の2週間前にあたる1/4(月)に練習を再開。しかし、5日間練習したのみで1/8(金)には新人戦の延期が発表され、て再度部活動中止に。今回は、まるまる3週間の部活動中止を余儀なくされました。
 その中で、生徒には「Self Training Note」を課し、『新人戦は準備をしっかりとできたチームが勝つ』と話をしながら、自主トレーニングを指示してきました。生徒が「いまかいまか」と待っていた部活動再開ですが、スタッフの我々も「いつからできるのか」と楽しみにしておりました。大会が決まりましたので、何もなければ早ければ金曜日から、部活が再開できます。今までできなかった分、間が空いて感覚が鈍ってしまった分、急ピッチで新人戦に向け準備してまいります。


 昨年は人数が少なく8人で戦い、いい試合をしながらも残念ながら一勝も挙げられなかった新人戦。

 参考URL;
 https://om-h.spec.ed.jp/blogs/blog_entries/view/311/246abea7a481a3d499e4053bedc4f9c5?frame_id=283

 今年は部員が増え、11人揃って戦うことができます。「コンディションが悪かった」や「練習不足だった」という後悔がないよう、全力で準備してまいります。応援よろしくお願いします!

 

【連絡】
 今回の新人戦ですが、新型コロナウイルス感染予防のため、観戦・応援が認められていません。結果はHPでお知らせいたしますので、結果を楽しみにしていてください。いい結果をお伝えできるよう、選手・スタッフ一同全力を尽くしてまいります。よろしくお願いします。
 

 

サッカー部 MUSANISTA #132 『 川崎のバンディエラ part2 』

 

 “決断のスポーツ”サッカーでは、限られた時間の中で常に最善の選択を求められる。その重要なプレー選択の場面で、日本屈指の存在である司令塔、中村憲剛の目にはどんなビジョンが映っているのか――。

 一つのプレーを選択する際に考慮するファクターや行っている準備、選択する際の判断基準などを教えてくれた前編(part1)に続き、この後編では中村憲剛が外から見てプレーに優れていると感じる選手、そして状況に応じたプレー選択の切り替え方を、実際のプレー動画を通して解説。トップアスリートの思考回路をのぞいてみてほしい。

 

 

――海外サッカーにも詳しい憲剛さんから見て、決断力が優れていると感じる選手は誰でしょうか?

 「世界トップレベルの選手たちは、みんな凄いと思います。その中でも、自分のポジション柄、目が行くのは中盤の選手のプレー選択ですね。いろいろなことを考えながら、その瞬間瞬間でベストな決断をしているなと。名前を挙げるとしたら、バルセロナのブスケッツとか、レアル・マドリーのカセミロとかでしょうか」
――どちらもアンカーと呼ばれるポジションの選手ですね。プレースタイルとしては、そんなに派手なことをやるタイプじゃないと思うのですが。

 「ブスケッツこそが、バルセロナのサッカーの肝だと思います。何気ないパスなんだけど、2手、3手先まで考えて出しているんだというのがわかる。ブスケッツがパスを出した後に『あれはそういうことだったのか』となるのはよくあります。カセミロは余計なことはしないけど、それがいい。難しいパスも狙わないし、ボールをこねくり回すこともない。世界最高の選手たちが前線にいるんですから、あのチームにおけるベストな選択をしていると思います」

――誰もが気に留めないような、何気ないパスの選択によって、その先の展開が変わってくることもあると。

 「僕はやっぱりそっちのほうを見ちゃいます。ゴールが決まる決まらないだけじゃなくて、そこからの一手で相手がどう崩れるか。そういう見方をすると、サッカーは凄く面白くなるんじゃないかなと思います。ただ、FWの選手はそういう見方はしないんじゃないかな。だからストライカーの何が何でも自分で決めるという潔さみたいなのに憧れることもあります」

 

動画を見てプレーを分析する時には、笑顔の中にもまるでピッチに立っているかのような真剣な眼差しがのぞいていた


――そういう意味で、憲剛さんに見ていただきたいプレーがあります。J1第17節の阿部選手にアシストをしたシーンです。中盤で味方がボールを奪って、左サイドの憲剛さんにパスが出る。そこからドリブルで持ち込んで、GKと1対1でシュートを撃つと思ったら、ゴール前にパスを出しました。

https://www.youtube.com/watch?v=cNqGWT47u50

 「これはね、本当は自分で撃ちたかったんですよ」

――え、そうなんですか? 自分で撃てたけど、より確実性の高いパスを選んだのかなと思ったんですが。

 「もちろん、自分で撃つこともできました。でも、決まる確率が低いと思ったからパスを出したんです」

――どこで「自分でシュート」から「味方へのアシスト」へプレーの選択を変えたんでしょうか?

 「2つ目のタッチですね」

――2つ目、ですか?

 「よく見てもらうとわかるんですが、2つ目のタッチが微妙に外側にずれてしまってるんです。(動画を見ながら)ここ! 本当にわずかなんですけど。それでゴールに最短距離で向かえなくなってしまったんです」

――憲剛さんにしては珍しい。

 「こんなに全速力でドリブルすることがないので(笑)。ボールが向かって来た時は、ゴールに向かってドリブルをして、ファーにインサイドで流し込むようなイメージをしていたんですけどね。ただ、タッチがずれた瞬間にその選択肢は捨てました」
――映像を見る限りはシュートを撃とうとしているようにも見えます。

 「これは“フェイク”です。自分で撃てないんだったら、何をするのが一番ゴールに繋がる確率を高められるのか。ここで僕が最初からパスを狙っている感じだったら、GKや相手の選手は中に走り込んでいる阿部ちゃんのほうを警戒するはず。僕がシュートを撃つような雰囲気だったからGKは前に出て来たし、中のDFも僕が撃つと思っているからカバーをしようとするわけですから。自分のところに引きつけておくことで、阿部ちゃんがシュートを撃ちやすくなる」

――自分の思い通りのプレーができなかった時に、いかに次のプレー選択に切り替えられるかというのも重要ですね。

 「そうです。こういう技術的なミスもそうですし、相手が何をやってくるかも見ないといけない。最善の選択というのはどんどん変わっていきますから」

――試合展開によっても、最善の選択は変わりますか。

 「もちろん。基本的にはゴールに向かっていくという目的があって、そこから逆算してプレーを考えていくけど、それがすべてではない。例えば、チャレンジのパスを出すよりも、確実にパスを繋いで回した方が、相手にとっては嫌な時もありますよね。1-0で勝っていて、残り時間がもうないんだったら、パスを繋ぐよりも、とりあえずクリアしちゃった方が良いということもある」

――なるほど。

 「サッカーっていうのは、正解のないスポーツなので。時間帯によってもスコアによっても力関係によってもプレーの選択肢は変わってくる。大事なのは、どれだけ試合の状況を読んでプレーできるかだと思います」

――スコアや時間帯におけるプレーの選択ということで言えば、J1第3節・柏戦で、2-1とリードしていた70分に憲剛さんがドリブルをファウルで止められて、相手DFの中山雄太が1発退場になった場面が印象的です。そもそも、憲剛さんがああやってドリブルで仕掛けるのは珍しいですよね?

https://www.youtube.com/watch?v=_gwLQAUkvzA

 「あの時は、ポストプレーから良い形で抜け出して、僕が最前線でボールを持った状況になったんですよね。パスを出そうにも、自分の前には誰もいない。でも、相手陣内にスペースがあるし、DFは1人しかいないから、そこを抜ければビッグチャンスになるのは間違いない。どうしようかなと思いましたけど、股が空いているのも見えたから、思い切って仕掛けてみようと」

――あそこで退場に追い込んだことによって、柏の反撃のチャンスを摘んでしまった。ベテランらしい、老獪さを感じました。

 「僕が1番前にいるということは、自分の後ろには味方がたくさんいるということ。もしも失ったとしても、カウンターを食らう確率は低いですよね。だから、ある意味で失敗しても良いと思って仕掛けました」

――これまでのサッカー人生で、憲剛さんはどのぐらいの選択を下してきたんでしょうか?

 「どのぐらいだろう……。数え切れないでしょうね。1試合に何回決断をしているのかもわからないですし。サッカーって、自由だし、何をやってもいいじゃないですか。だからこそ選択って重要だし、それこそがサッカーの醍醐味なんじゃないかなと思います」

 2017年 9月 footballistaより

サッカー部 MUSANISTA #131 『 外に目を向けてみれば 』

 新型コロナウイルスの感染拡大がとどまるところを知らず、東京オリンピックはどうなるのか、様々な憶測が飛び交う中でこんなニュースが飛び込んできた。


「日本政府が東京五輪・パラの中止と結論」と英紙報道 2032年の開催目指す?
 
 【ジュネーブ共同】英紙タイムズ(電子版)は21日、今夏の東京五輪・パラリンピックを巡り、新型コロナウイルスの影響で「日本政府が中止せざるを得ないと内々に結論付けた」と報じた。
 「日本、コロナのせいで五輪脱出を模索」と題した東京発の記事。連立与党幹部の話として「既に1年延期された大会は絶望的だとの認識で一致している。今は次に可能な2032年大会の開催を確保することに焦点が当てられている」と伝えた。
 「誰も最初に言いたがらないが(開催は)難しすぎるというのが一致した意見」との情報筋の談話を紹介し、国際オリンピック委員会(IOC)と日本政府が表向きには五輪開催は可能と主張しているとした。
 大会組織委員会は英紙タイムズの報道について「政府、東京都、組織委、IOC、国際パラリンピック委員会(IPC)など全ての関係機関が、今年の夏の大会開催に完全に注力している。今夏の安全で安心な大会開催実現に向け、関係団体と緊密に連携し、準備に尽力する」とのコメントを発表した。

出典;東京新聞Web
https://www.tokyo-np.co.jp/article/81382


 実際にはどのような話になっているか、どのようになっていくか分からないが、大切なのはオリンピックが開催できるかどうかではなく、まずは新型コロナウイルス感染症終息に向け、精一杯努力できるかではないだろうか。近日は、こんなニュースも耳にする。


東京で新型コロナ変異種の市中感染か 英国滞在歴のない10歳未満女児

 厚生労働省は22日、東京都の10歳未満の女児が英国で拡大している新型コロナウイルスの変異種に感染したのを確認したと発表した。英国滞在歴はない上、滞在歴がある人との接触も確認できておらず、同省は「市中感染の可能性がある」として感染経路を調べている。
 ただし、これまで解析した都内の1400以上の検体からほかに変異種感染例が見つかっていないことから、厚労省の担当者は「面的に感染が広がっているとは考えていない」と述べた。
 女児に症状はないが、現在は都内の医療機関に入院している。
 このほか厚労省は、10日に英国から入国した30代女性の変異種感染も確認したと発表した。女性は13日に発症し、都内の医療機関に入院している。(共同)

出典;東京新聞Web
https://www.tokyo-np.co.jp/article/81498


 変異種が市中感染をしているかもしれないこの状況では、「自分が感染する可能性は低い」などと油断するのはやめて、「誰かが感染したらこの状況が長引いてしまう」「早くこの状況を収束させよう」とすべての人が自覚を持たなければならないと考える。
 第1波のとき、日の新型コロナウイルス陽性者は一桁まで少なくなった。緊急事態宣言の解除は「東京の一日の陽性者が500人未満」になるのが一つの指針のようだが、緊急事態宣言が解除されるのはいつの日になるのか。解除されたとして、その後の新型コロナウイルスの動向はどうなるのか。第4波が来るのか。これからも長い戦いになることを覚悟して、過ごしていかなければならない。

 

サッカー部 MUSANISTA #130 『 川崎のバンディエラ part1 』

 

 

 2021年元旦、天皇杯決勝戦。新国立競技場で行われた川崎フロンターレvsガンバ大阪の試合をもって18年間のプロサッカー選手にピリオドを打った中村憲剛選手です。紛れもなく日本を代表をする司令塔のひとりだと思います。正確なキックから繰り広げられる数々のスルーパス。試合を決定づける得点力。誰よりもピッチの上を走り回る豊富な運動量。チームを支える精神的強さ。ゴールパフォーマンスに見られるようなファンを楽しませるユーモアのセンス。誰からも愛され、フロンターレを誰よりも愛した「川崎のBKB(ボク カワサキの バンディエラ)」。今シーズンから中村選手のプレーをJリーグで見られなくなってしまうのは、本当に残念です。その中村選手が4年前にfootballista(雑誌)のインタビューにこのように答えていました。

 

——今回のインタビューでは中村憲剛が試合中にどんなことを考えながら、プレーを決断しているのかというのを聞きたいと思っています。試合中、実際に1本のパスを通したりシュートをするという時、どのぐらいの選択肢を持ちながらプレーしているものなんでしょうか?

 「それこそ、無数にしようと思えばできるんです。そこは難しいんですよね。開始直後なのかそれとも終盤なのか、勝っているのか負けているのか、(自分のいる)ゾーンはどこなのか……によって全部変わってくるので。ただ一つだけ、(選択肢が)1個だけにはしないようにしています。なるべく“決め打ち”はしたくないので、常に2、3個ぐらいは持っておくようにはしてますね」

——“決め打ち”というのは、「これをやろう」と最初から決めておくこと?

 「そうです。それをやってしまうと、ダメだった時に時間がかかってしまうので。ただ、ゴール前とかでは別です。ペナルティエリアの中でパスをもらった時は決め打ちすることもありますね」

——でも、基本的には2、3個ぐらいは用意していると。

 「そうです。相手がこちらの選択肢を消してきたとしても、それを上回れるように」

——ということは、一見何気なく出しているように見えるパスも、いくつか想定していたプランの中から選んでいる、という感覚なのでしょうか?

 「そういう時もありますし、ゲームの流れ、チームのボールの流れを止めないために、(プランにはなかったけれど)はたいて動かすこともあります。一番はゴールに向かうことだから。そこから逆算してプレーしないといけない」

——最短距離でゴールに向かう、というのがファーストチョイスとしてあって、それ以外の案も持っているということでしょうか?

 「そうですね。例えば、本当は(自分が)行きたいところにいる相手を移動させるために、あえてパスを出して動かしておいてそこに入っていく、みたいな。自分も意思があって相手にも意思があるので、それをうまくコントロールしながら、自分の突きたいスペースをあける。もちろん、いつも狙い通りにいくわけではないですけどね」

——なるほど。自分の理想の形に持っていくために、相手を動かすという選択肢があるわけですね。

 「僕がパスを出す時に、『こっちに出せ』とパスを受けた選手に『あっちが空いてる』とかやってるじゃないですか。それはもう次のプレーのイメージができていて、そこに入った瞬間に動き出す。ただ実際には、ちょっと(パスが)ズレて動き出せなくなって、それで選択を変えたり、動き方を変えたり。本当にちょっとのズレで局面はまったく変わってしまうので、そこはもう常に修正と選択の連続ですね」

——正しい選択をするためにやっていることはありますか?

 「それこそ試合前から、相手はどういうシステムで、どういうスタイルで、どんな特徴の選手がいるのかというのは頭に入れておきます。僕もキャリアは長いので、Jリーグの選手であればだいたいの特徴はわかりますから。そこで、どこを狙っていこうかと考えておきます」

——チームでスカウティングをやるだけじゃなくて、個人でもスカウティングをしていると。

 「僕以外にもやっている選手はたくさんいると思いますけどね。あとは、その情報を試合が始まってからアップデートしていく。前から奪いに来ているのか、ブロックを作ろうとしているのか。自分とマッチアップする選手がいたら、密着してくるのか、それとも距離を取ってくるのか」

 ——プレー中はめまぐるしく状況が変わっていくと思うのですが、どうやって把握しているのでしょうか?

 「ボールを持ってない時だったら、プレッシャーも何もないからいくらでも見られるじゃないですか」

——サラッと「いくらでも見られる」と言っていますが、普通の人には理解できない世界だと思うんですが……。それは憲剛さんが特別な才能があるからできるんでしょうか?

 「訓練次第でできるようになると思います。僕がずっとやっていたのが、遠くを見るようにすることです」

——「遠く」というのは具体的に言うと?

 「例えば、ピッチの真ん中にいるとしたら最終ライン、右サイドにいるとしたら左サイドの奥の方とか。そうやって遠くを見ておくと、自然と手前の方も見えるようになってくるんです。だから、パスをもらってサイドチェンジをしようかなと思って、そこがふさがれていたら一つ手前の空いているところにパスを出そうとか、そういうことができるようになる」

——それ、誰にでもできることじゃないと思います。

 「若くてもできるような選手はいるし、それはセンスだと思います。僕の場合は培ってきたというか、普段からそういう風にやろうとしていて、だんだん見えてきたという感じです。最初は遠くに蹴られるようになりたいなと思って、遠くを見るようにしていたら、だんだん見られるようになってきたというか

——それがいわゆる「視野の広さ」の正体なんでしょうか。

 「そうなのかもしれないですね」

——たまに、GKが出ている時にハーフウェイラインあたりからゴールを狙う選手がいますよね。

 「それはあんまりやらないですね。だって……ほとんど入らないでしょ(笑)。自分は、わざわざボールを失いたくない、正確にやりたいなというタイプなので」

——今はこうやって言葉にしてもらっていますが、試合中はそこまで考える時間はあるものなんでしょか?

 「う~ん。本当に瞬間的な判断だと思います。実際の時間からすると0.1秒とか0.2秒くらい。でも、自分としては、その時間の中でけっこう見えているという感覚はあります」

——0.1秒しかないのに、憲剛さんの中ではもっと長く感じる、と。

 「そうですね」

——ではここからは、憲剛さんがどのようにプレーを選択するのか、実際のシーンを見ながら解説していただきたいと思います。J1 2017年 第13節・浦和戦で阿部浩之選手に出したスルーパスです。

https://www.youtube.com/watch?v=egG08xRQDls

——このプレーを見てまず思ったのが、「いつ見てたの?」ってことなんです。だって、相手ゴールに背中を向けた状態で振り向きざまにワンタッチで出してるんですよ。ちょっと信じられない。

 「エドゥ(アルド)がボールを奪って、リョウタ(大島僚太)に出す。確か、その出す前に1回チラッと見たはず……(動画を見ながら)ここ! そこで、まず相手の最終ラインがどんな感じで、自分に来る選手がいるかを確認して。(動画を見ながら)ストップ! この時はリョウタに『こい、こい、こい!』って言ってます。自分の周りに(相手の選手が)いないのがわかっていたから、パスが来れば裏へ出せるチャンスがあるなと。それでパスが出た後に、前の状況がどうなっているかを見るために首を振ったら、阿部(浩之)ちゃんが相手CB2人の間に斜めに走り込んでいた。この時に、パスを出してシュートを打つっていう1秒後の絵が見えたんです。あとは僕がちゃんとパスを出すだけでした」

——会心の決断だったわけですね。

 「そうですね。本当に自分の思い通りでした。この試合の後に『あの1本で今日の仕事は終わった』って言ってましたからね」

——ちなみに他にも選択肢はあったんでしょうか?

 「最初はたくさん選択肢がありますけど、『自分にマークが来てない』→『DFラインの間が空いている』→『そこにFWが走りこんで来ている』と絞っていったイメージです。最終的にはゴールに行けると思っていたから、自信を持ってプレーを選びました」

——こういう、相手ゴールに向かってダイレクトにパスを出すのは、憲剛さんの得意技ですよね。

 「そうですね。だって、楽じゃないですか。1本のパスで点が取れるんだったら、それが一番いい。だけど、相手だってそこは警戒してくるので、簡単には通させてはくれない。だから横パスを出して揺さぶったりすることが必要になってくるんです」

——パスが通らなさそうだなと思っても出すことはあるんですか?

 「昔はダメそうかなと思っても出すことはありました。前の方に1人でシュートまで持っていけるジュニーニョのような選手がいた時は、その方が良い結果に繋がることが多かったんです。ただ、今は(成功確率が)フィフティフィフティでは出さない。それは(受ける選手の)能力が低いというわけじゃなくて、チームとしての方向性と言うか。オニさん(鬼木監督)は『出していい』って言ってくれているんですけど、より正確にやる方がいい、って30歳過ぎて自分の中で考え方が変わってきているので。逆に言えば、自分の中で『通せる』と思ってやっている。決して博打じゃないんです」

——パスを出す選手のキャラクターによって、プレーの選択肢も変わってくる?

 「全然変わってきます。例えば、さっきの阿部ちゃんへのパスの場面でも、もし足は速いけど、技術はあんまりないタイプの選手だとしたら、足下にピタッと出すのではなく、もっとスペースに走らせるようなボールにしていたと思います。阿部ちゃんの場合は、スピードを上げた状態でも確実にボールを止められるというのがわかっていたので、足下に出してあげるのが一番良いだろうと。そうやっていろいろな要素を頭に入れて決断をしています」

——1本のプレーに、ものすごい思考プロセスがあるんですね。

 「まぁ、後からだったら、いくらでも言えますから(笑)」

part2へ続く(次々回)➤

サッカー部 MUSANISTA #129 『 FCとSCの違い 』

 大宮武蔵野高校サッカー部の通称は'FC MUSASHINO'だ。顧問の阿部は、この'FC'についてこだわりがあると、昔言っていた。FC(フットボールクラブ)とSC(サッカークラブ)は、今ではほぼ同じような使われ方をしている。その違いをあえて挙げるとすれば、そのルーツだろう。

 フットボールは、Wikipediaによると、

『フットボール(英: football)は、チームスポーツの一群。程度の差はあるが、得点するために指定された相手陣地のゴールにボールを蹴り込む要素を含むチームスポーツの総称である。また、通常「フットボール」と呼ぶ場合、その地域で最も人気のあるフットボールの競技を意味する。日本で最も人気があるフットボールはサッカーであるが、サッカーを示すために単体でフットボールという用語はあまり使われずに、サッカーと呼ばれる。』

とある。ではなぜ、大宮武蔵野高校サッカー部があえて'FC'を使うのか。それは、その歴史にある。Wikipediaの「近代フットボールの確立」という項目には、

『フットボールは様々な形でブリテンの至るところで行われ続けていたが、パブリックスクール(その他の国での私立学校にあたる)は近代フットボール起こったことで広く認められている。まず初めは、パブリックスクールでそれまでの「群集」によるフットボールが、整理されたチームスポーツへと変化したことである。2つ目は、フットボールに関する初期の説明や言及の多くが、これらのパブリックスクールで学んでいた人物によって記録されたことである。3つ目は、パブリックスクールの教師、生徒、卒業生が、出身校間でフットボールの試合を行うことが出来るように、初めてフットボールの規則を法典化したことである。最後は、これらのパブリックスクールが初めて「キッキング」と「ランニング」(あるいは「キャリング」)を明確に分けたことである。』

さらに、
『イングランドのパブリックスクールでは、初めてフットボールの規則が法典化された。特に、18世紀末に彼らは初めてオフサイドルールを発明した。最も初期のこれらのルールでは、選手はボールと相手側のゴールの間にいる時は単純に「オフサイド off their side」とされた。選手は、足であろうと手であろうと前方にボールをパスすることは許されなかった。前方にボールを進める方法は足でドリブルするか、「スクラム」あるいは同様の「フォーメーション」の中で進めるかしかなかった。しかしながら、オフサイドルールはそれぞれのスクールで別に分化・発展していった。』

とある。この当時の「フットボール」は、手を使うことができ、いわゆる今日の「ラグビーフットボール」に近いものであったそうだ。現在でも、日本で「フットボール」といえばサッカーのことを指すが、アメリカ合衆国では、ほぼアメリカン・フットボールを意味し、カナダでは カナディアン・フットボールも表し、オーストラリアでは、地域によってラグビーまたはオーストラリアン・ルールズ・フットボールを表すそうである。

出典;Webページ『Wikipedia(フットボール)』の一部を抜粋
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%83%AB

 一方で、サッカーは、顧問の阿部に言わせると、「ブラジルのような速いパス回しやコンビネーション、個人技」が頭の中に浮かんでくるのだそう。ブラジルでは、子供のころから、道端でボールを蹴っては個人技を磨いていくイメージがある。遊びの中からボールタッチ、コンビネーションを磨くからこそ、将来ピッチに立った時に他の人には考え付かないプレーが見えてくることもある。また、国際的にはサッカーのことをFootballと表わす方が一般的である。そうでなければFIFA(Fédération Internationale de Football Association)も”FISA”になっていたはずだ。

 'FC MUSASHINO'が'FC'を用いるのは、サッカーのイメージのような「きれいな」「うまい」プレーを否定はしていないが、その中にもサッカーの源流であるラグビーのような「泥臭い」「身体をぶつけ合う」プレーを忘れてほしくないという気持ちが込められているからである。

(実は、顧問の阿部はもともとラグビーをやっていたそうです。ラグビーで役立つキックを身につけるためサッカーを始めたのですが、サッカーに魅了されサッカー1本で続けていくことに決めたそうです。そんなこともあり、今でもラグビーに近しい意味の「フットボール」という言葉を好んで使うそうです。)

 <FCを使用するチーム>

FCバルセロナ/FCバイエルンミュンヘン/アーセナルFC/リバープールFC/パリセンジェルマンFC/FCナント/セルティックFC/マンチェスターユナイテッドFC/マンチェスターシティーFC/ユベントスFC/FCインテルナツィオナーレミラノ/セビージャFC/FCシャルケ04/サンパウロFC/サントスFC/明和FC(キャプテン翼)など

<SCを使用するチーム>

SCインテルナシオナル/SCコリンチャンス/SCフライブルク/SCラインドルフアルタッハ/ポルティモネンセSC/SCブラガ/SCファレンセ/SCオリャネンセ/SCフェーレンヘーン/SCカンブール/SCバスティア/シャルルロワSC/南葛SC(キャプテン翼)など