MUSANISTA -活動日誌-

サッカー部 MUSANISTA #148 『 部活再開まで秒読み 』

 月曜日、火曜日で令和3年度埼玉県公立高校入学者選抜学力検査の採点が実施され、今日から在校生は再び学年末考査の後半戦が始まりました。残りはあと明日を残すのみ。年度を締めくくる考査として、最後まで精一杯取り組んでくれることを期待します。
 考査が終わればすぐに、延びに延びてしまった新人戦がついに始まります。緊急事態宣言はまだ明けていませんが、3/14(日)に予定している大会まで、すでに2週間を切っています。明日で学年末考査が終了するので、サッカー部はさっそく明日から部活を再開する予定です。実に一か月ぶりとなるサッカー部の活動。新人戦に向けて、フルスロットルで準備してまいります。新型コロナウイルス感染予防のため、観戦・応援が認められていませんが、結果はHPでお知らせいたしますので、結果を楽しみにしていてください。いい結果をお伝えできるよう、選手・スタッフ一同全力を尽くしてまいります。


 さて、今日3月3日といえば、「ひな祭り」です。少しひな祭りについて調べてみたので紹介します。

≪3月3日のひな祭りの起源とは?≫
 西暦300年ごろの古代中国で、「上巳節(じょうしせつ・じょうみせつ)」という区切りがありました。もともと上巳(じょうし・じょうみ)とは、旧暦3月の最初の「巳の日」のことでしたが、年により日がずれるために3月3日に定められました。春を寿ぎ(ことほぎ)、無病息災を願う行事として定着していたようです。ちょうど季節の変わり目であるこの頃は体調を崩しやすく、邪気が入らないようにと沐浴して禊(みそぎ)をしたりしていました。日本へは遣唐使が上巳節を伝え、宮中行事として取り入れらたところから始まりました。

 穢れを払う意味合いで、紙や薬草で作った「ひとがた」で体を撫で祓い、穢れを移した「ひとがた」を川や海に流すようになりました。現在でも地方によっては「流しびな」などの形で残っている場合がありますね。

 

≪ひな祭りは平安時代のおままごとだった?≫
 平安時代になると、宮中や貴族の子どもの間で人形遊び(ままごと)が流行になりました。ままごとは「飯事」と書き、ご飯を食べるところやお祭りの情景などを紙人形で再現して遊ぶ、ということが現在のおままごとの起源とする説も。この遊びを、飯事という言葉とは別に「小さい、かわいらしい」「大きいものを小さくする」という意味の「雛」「ひいな」という言葉を用いて「ひいな遊び」「ひいな人形」と呼ばれました。

 やがて「ひいな遊び」が武家社会まで広がると、5月5日が男の子の節句であることの対として、3月3日は女の子の節句として浸透していきました。またそのころ開花時期の花である桃は、古代中国から邪気を払う神聖な樹木、花として大切にされてきました。実は食べると不老不死の仙人になれるとか、花も邪気を払うと言われていました。葉もまた漢方薬などに利用されてきたため、桃の花を飾ったり、室町時代には桃の花を浮かべた桃花酒というお酒が飲まれていました。このお酒は、飲むと顔色がよくなったり、体の悪い所を持って行ってくれたりするなどの効果があると信じられていたのです。

 人形を作る技術が発展するに伴い、ひな人形は流すものから飾るものへと変化を遂げました。江戸時代初期には男女一対の人形にお供えする行事食のみだったものが、わずか100年ほどの間に、7段飾りなどの豪華なひな人形が出てきたのです。一対の人形だけだったものが、お供が増え、お道具が増えていきました。当時、名のある大名は女の子が生まれたらすぐに雛道具の準備に取り掛かったと言われています。それらは本物の牛車や籠、漆器などを再現したミニチュアで、ひな祭りの日はそのお道具を使っておままごと遊びをしたと言われています。上巳の節に子供の健康や厄払いを男女一対の人形に託したところから発展していったのですね。

出典:Webサイト『LOVEGREEN』
https://lovegreen.net/botanicallife/p77608/

 このように行事の歴史に触れてみると、いろいろと感じるところがありますね。まさに今の「新型コロナウイルス感染症」の流行の状態に直面すると、「ひな祭り」の起源にあやかって、「穢れを払」ってほしいものですね。みなさんも、油断せず、新型コロナウイルス感染症対策に取り組んでいきましょう。